Photo by Markus Winkler on Unsplash 首都圏と北海道の緊急事態宣言が解除される5月25日の前日、折しもアベノマスクが我が家の郵便受けに投函されていた。 早速開封してみる。 巷で伝えられていたような昆虫や髪の毛などの異物混入、あるいは「都こんぶ」臭などの異臭は観察されなかった。 しかし上下が縫製されていない。 どうやら一枚のガーゼを折りたたんで紐を縫い付けたようである。 なおガーゼは中で折れ曲がっていた。 それにしても小さい。 圧倒的に小さい。 鼻から顎まですっぽり包み込むサージカル・マスクと並べてみると、一目瞭然である。 「小型マスク」と称して市販されているマスクよりさらに小さい。 実際に装着すると、こんな状態になるのは確かであった。 さて洗濯したらどうなるか。 一回目の洗濯では 140mm x 93mm となり、意外に縮まなかった。 開封していない分と比較してみる。 二回目の洗濯でも、大きさは変わらず 140mm x 93mm のまま。 ただしこの時点で既にかなりのほつれが発生。 上下を縫製していないからであろう。 三回目の洗濯では、禁断の乾燥機にかけてみた。 マスクに付いてきた説明書によると「乾燥機は使わず、陰干しで自然乾燥してください」とのことなので、これは禁じ手である。 130mm x 90mm まで縮んでしまった。 乾燥機は厳禁だ。 ところで、ちょうどこのタイミングで報道各社から内閣支持率が発表された。
いずれの結果でも支持率は激しく下落しており、30%を切る事態となっている。 緊急事態宣言解除に続く国会閉会で、安倍晋三はここぞと外遊などで支持率回復を図るのだろうが、そうは問屋が卸すまい。 既にドラッグストアなどにマスクが潤沢に陳列されるようになった状況の中で、遅れに遅れたアベノマスクがようやく全国に届くのだ。 466億円もの税金をつぎ込んだアベノマスクの「何をいまさら」感が、内閣支持率下落に追い打ちをかけるであろう。 究極の自己責任、自業自得である。
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Photo by Brina Blum on Unsplash コロナウイルス COVID-19 に対する日本政府の対応が迷走を極めている。 既に「コロナウイルス禍での安倍晋三 会食日記」で書いたように、大量の感染者が発生したクルーズ船が横浜に接岸している最中の2月ですら、最高責任者である総理大臣・安倍晋三は連日の会食を止めることもなく、緊張感の無さをさらけ出していた。 3月に入ると事態はさらに悪化してウイルス禍は全国に広がってしまい、4月7日に緊急事態宣言を発令したものの、ここに至っても官邸主導で打ち出された政策はグダグダとしか言いようのないものばかりであった。 言うまでもなく、その代表格は「アベノマスク」と揶揄されるマスク配布である。 4月1日の政府の対策本部にて、各世帯あたり2枚の布マスクが配布されるという方針が明らかにされた。 しかし世帯あたりの枚数が少なすぎる上、実際に先行して配布されたものの中には髪の毛や昆虫の混入、あるいは変色したもの、さらにはカビが生えたものまで発見された。 しかも総予算466億円もかけておきながら、5月18日時点での配布数は全国の総世帯の11%程度に過ぎない約1450万枚に留まっていることを、官房長官・菅が明らかにしている。 また「10万円給付金」についても申請書面の配布が遅れているうえ、マイナンバーカードを利用したオンライン申請もトラブルが続出し、郵送に一本化する自治体が相次ぐ始末だ。 こうした政策の中身の「いわば」グダグダぶり「の中において」、「まさに」この期間の安倍晋三自身の仕事ぶりはどうだったのであろうか。 そこで、この人物の仕事量を定量的に計るパラメータとして、土日および祝日の公務の時間で計測してみることにした。 なお公務の時間は、官邸に到着してから、官邸を出るまでの「官邸滞在時間」とした。 安倍晋三の土日や祝日の典型的な過ごし方はこんな感じだ。 まず午前中は私邸でごろごろ。 ようやく午後遅い時刻に官邸へ出向き、いくつかの会議に顔を出しては、さっさと私邸へ帰宅する。 4月4日から5月17日の間の土日および祝日の公務の時間の平均は、わずか1時間47分に過ぎない。 (4月29日は終日国会出席となっており、また5月4日は記者会見があったため、この二日間は平均算出から除外した。なお5月4日分を含めても平均は2時間である。) 首相なのだから休日返上でフルに働けとまでは言わないが、それにしても緊急事態宣言の下で余りにも短すぎるのではないか。 首相としての職責を貫徹する気がないのであれば、一日も早く職を辞すべきであろう。 なお下記に記す安倍晋三の行動の詳細は、時事の「首相動静」から引用させていただいた。 4月4日(土) 官邸滞在時間:2時間46分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後2時44分、私邸発。 午後2時54分、官邸着。 午後5時40分、官邸発。 午後5時55分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月5日(日) 官邸滞在時間:1時間40分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時41分、私邸発。 午後3時54分、官邸着。 午後5時34分、官邸発。 午後5時45分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月11日(土) 官邸滞在時間:1時間47分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後2時42分、私邸発。 午後2時53分、官邸着。 午後4時40分、官邸発。 午後4時52分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月12日(日) 官邸滞在時間:1時間42分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時40分、私邸発。 午後3時51分、官邸着。 午後5時33分、官邸発。 午後5時46分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月18日(土) 官邸滞在時間:55分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時38分、私邸発。 午後3時49分、官邸着。 午後4時44分、官邸発。 午後4時45分、公邸着。 午後4時48分、公邸発。 午後5時2分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月19日(日) 官邸滞在時間:50分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時42分、私邸発。 午後3時54分、官邸着。 午後4時44分、官邸発。 午後4時58分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月25日(土) 官邸滞在時間:1時間7分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時44分、私邸発。 午後3時56分、官邸着。 午後5時2分、報道各社のインタビュー。 午後5時3分、官邸発。 午後5時17分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月26日(日) 官邸滞在時間:36分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時42分、私邸発。 午後3時53分、官邸着。 午後4時29分、官邸発。 午後4時43分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 4月29日(水) この日は衆院予算委員会、衆院本会議、参院予算委員会に出席。 午前7時1分、公邸発。 午前7時2分、官邸着。 午前7時23分、官邸発。 午前7時25分、国会着。 午前7時30分、衆院予算委員会開会。 午前10時55分、衆院予算委散会。 午前10時59分、官邸着。 午前11時51分、官邸発。 午後0時2分、衆院本会議開会。 午後0時55分、衆院本会議散会。 午後0時59分、官邸着。 午後1時52分、官邸発。 午後2時、参院予算委員会開会。 午後5時27分、参院予算委散会。 午後5時32分、官邸着。 午後7時41分、官邸発。 午後7時55分、東京・富ケ谷の私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月2日(土) 官邸滞在時間:1時間48分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時41分、私邸発。 午後3時50分、官邸着。 午後5時38分、官邸発。 午後5時52分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月3日(日) 官邸滞在時間:2時間16分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時41分、私邸発。 午後3時55分、官邸着。 午後6時11分、官邸発。 午後6時25分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月4日(月) 官邸滞在時間:5時間27分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後2時3分、私邸発。 午後2時14分、官邸着。 午後3時57分、官邸発。 午後3時58分、自民党本部着。 午後4時32分、同所発。 午後4時35分、官邸着。 午後8時19分、官邸発。 午後8時33分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月5日(火) 官邸滞在時間:2時間9分 なお、ニコ動収録などは、公務ではない。 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後2時1分、私邸発。 午後2時14分、公邸着。「ニコニコ動画」とヤフーの特別番組向けのビデオメッセージ収録。 午後2時56分、公邸発。 午後2時58分、官邸着。 午後5時7分、官邸発。 午後5時21分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月6日(水) 官邸滞在時間:3時間34分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後も来客なく、私邸で過ごす。 午後5時32分、私邸発。 午後5時42分、官邸着。 午後9時16分、官邸発。 午後9時30分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月9日(土) 官邸滞在時間:1時間55分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時41分、私邸発。 午後3時52分、官邸着。 午後5時47分、官邸発。 午後6時2分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月10日(日) 官邸滞在時間:1時間32分 午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時40分、私邸発。 午後3時49分、官邸着。 午後5時21分、官邸発。 午後5時34分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月16日(土) 官邸滞在時間:44分 午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時43分、私邸発。 午後3時52分、官邸着。 午後4時36分、官邸発。 午後4時46分、東京・渋谷の美容室「HAIR GUEST」着。散髪。 午後6時32分、同所発。 午後6時42分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。 5月17日(日) 官邸滞在時間:1時間26分
午前10時現在、東京・富ケ谷の私邸。朝の来客なし。 午前中は来客なく、私邸で過ごす。 午後3時39分、私邸発。 午後3時49分、官邸着。 午後5時15分、官邸発。 午後5時32分、私邸着。 午後10時現在、私邸。来客なし。
Photo by Matthew T Rader on Unsplash
5月9日にリトル・リチャードが87才で亡くなったことを Rolling Stone誌が伝えた。
リトル・リチャードは、1950年代から活躍したロックの創設者のひとりである。 数々のヒット曲が多くのミュージシャンたちにカバーされてきたが、ハードロックに与えた影響もまた大きかった。 ここではハードロック・ミュージシャンによるリトル・リチャードのカバーを振り返ってみたい。
Long Tall Sally
ビートルズによるカバーが余りにも有名で、ビートルズ解散後もポール・マッカートニーはライブで演奏を続けている。
ジョニー・ウィンターはライブの名盤で知られる "Johnny Winter And" にて、ロックンロール・メドレーで収録。
ジェリー・リー・ルイスの "Great Balls of Fire" に続けて、激しい演奏が展開されている。
レッド・ツェッペリンも初期のライブで演奏していた。
1970年1月9日のロイヤル・アルバート・ホールでは、アンコールが4回も行われたが、そのトップを飾っている。
1971年のカクタスのライブでは、ミドルテンポで重厚なハードロックとなっており、まるで別の曲のようだ。
スコーピオンズも名盤 "Tokyo Tapes" で、日本でのライブを残してくれた。
Lucille
ディープ・パープルが70年代にライブで取り上げていたのが知られている。 1972年の来日の際にも演奏されたが、"Live in Japan" には収録されておらず、後にリマスターとして再発された際に公式に公開された。 改めて聴いてみるとかなり粗い演奏なので、オリジナル盤では収録を見合されたのであろう。
またクイーンも1977年のロンドンでのライブ映像を残している。
Tutti Frutti
さらにクイーンは1986年のウェンブレーでもリトル・リチャードをカバーしていた。
まったく面影が違うが、MC5は独特のガレージ・サウンドでライブ演奏している。
こうして整理してみると、カバーしている側にも鬼籍に入っている人たちが多かった。
合掌。 新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言を受けて、2020年のゴールデン・ウィークは全国でほぼ全ての商業施設が閉鎖された。
前年の11月13日に開業してからまだ半年しか経っていない南町田グランベリーパークも例外ではない。 特に「こどもの日」である5月5日は、本来であれば多くの子ども連れの家族で賑わったはずであろうが、この日見ることができたのは、犬の散歩で訪れた僅かな近所の住民と、警備員の姿だけであった。 以下、記録のためグランベリーパーク内を一周して撮影した写真を、敢えて解説を付けずに掲載しておく。 Photo by "My Life Through A Lens" on Unsplash コロナウイルス対策で、安倍政権が見るも無残な姿をさらけ出してる。 マスク二枚もまともに配布することができないし、そもそも感染者数すら正確に把握できていない無能ぶりだ。 さらに人々に外出自粛を呼びかける一方、給付金配布で迷走し、もはや「飢えて死ね」と言わんばかりの有様である。 このように政府がまともに機能しなくなった時、人々は「相互扶助」を自発的に開始する。 「相互扶助」が社会の発展に大きく寄与するという概念は、19世紀末に活躍したアナキストのピョートル・クロポトキンが著作「相互扶助論」にて解き明かしたものだ。 そして災害時の「相互扶助」の数々の事例は、レベッカ・ソルニットの「災害ユートピア」にて紹介されている。 コロナウイルス COVID-19 の蔓延が世界的な災害であると観れば、世界中で「相互扶助」が立ち上がると考えるのは、アナキストの立場では当然であろう。 コロナウイルス禍でのアナキストとしての心構えは、CrimethInc. の記事 “Surviving the Virus: An Anarchist Guide” にて紹介されており、さらにこれを名波ナミ氏が「ウイルス禍を生き延びるアナキスト・ガイド:危機の資本主義と台頭する全体主義――抵抗の戦略」として日本語に翻訳してくれている。 ここではこれらを受けて、クロポトキン研究家であるロングソロー大学教授のRuth Kinna氏による論考 “This anarchist thinker helps explain why we feel so driven to help each other through the coronavirus crisis” を翻訳し、コロナウイルス禍と「相互扶助」の関係性を考える一助としてみたい。 なお、人々の自発的な「相互扶助」がどれほど大きくなろうとも、日本政府の無能無策が免責される理由には一切なり得ないことは強調しておく。 空になったスーパーマーケットの棚やパニックに陥った政府の会見が、コロナウイルス危機の決定的なイメージになっている。 しかし、コミュニティの反応は、もっと永続的な機能であるかもしれない。 ウイルスと社会的孤立の強制が、不確実性と不安を引き起こしている。 一方、ローカルなボランティアが運営する相互扶助のネットワークの範囲も拡大しているのだ。 これらのグループに関わる人々の多くは、「相互扶助」という用語が19世紀のアナキストであるピョートル・クロポトキンによって有名になったことを知っている。 クロポトキンは、自然は利己的な個人間の競争的な戦いだと見做した社会ダーウィニストを攻撃するために「相互扶助」を使用した。 「適者生存」はキャッチフレーズとなり、人々、人種、国家の間の敵対的な関係を説明するために使用された。この考え方は、欠乏に対する当然の反応として攻撃性を正当化した。 現在の文脈では、手指消毒剤の最後のボトルやトイレットペーパーの最後のロールの確保が予めプログラムされた、避けられない対応であるということになる。 最強の者のみが生き残るのであれば、他人はライバルあるいは敵とさえ見なされるべきであり、私たちは他人に対して身を守るために必要なすべての手段をとる権利がある。 クロポトキンは競争が生物学的適合性を決定する要因であることを受け入れたが、彼の主張は協力もしくは相互援助も同様に重要であるというものだった。 倫理的な考え方として、相互扶助は、報酬を求めることなく人々が他者を助けるために行う努力であると説明される。 それはローカルで自発的な組織で成功する。 難破船の犠牲者を救うための国家機関設立を支援するためにウィリアム・ヒラリーによって英国で開始された救命艇協会は、クロポトキンが考えていた倫理的な自己組織化の一例だった。 ヒラリーは1825年に彼のプロジェクトを支持するように国王へ訴え、彼の目的は「平和であれ戦争であれ、あらゆる国の人々と船」を支援することであると説明した。 彼の動機には「個人的、国家的、そして普遍的」なものが同居していた。 彼は英国の協会の設立が、世界中の姉妹組織の設立を促すであろうと想像した。 クロポトキンは、救命艇協会が「協力…熱意…ローカルの知識」に依拠していたため、救命艇協会を気に入っていた。 救命艇協会は困窮している人を救う。 しかもローカルの行動に依拠しているため、どこでも簡単にまねをすることができた。 連帯を築くためのグローバルなネットワーキングのテンプレートであった。 危機の時に共に働く これは、人々がコロナウイルスの蔓延に直面するにつれて拡大しているサポート・ネットワークの中に見られる精神である。
隣人を助ける隣人。家を離れることができる人々は、弱者のために処方箋や生活必需品を集めている。 町々や都市間にまたがるグループはリソースをプールしているため、誰も取り残されることはない。 コミュニティのサポートは常に人間の社会生活の中心的な側面であった。 人々が日常のさまざまなタスクに取り掛かる方法を調べた調査では、私たちが想像するよりもはるかに長い時間が、無給のコミュニティ支援に費やされていることが示されている。 互いの子供たちの世話をしたり、互いの車の修理を手伝ったりするといった、相互扶助と協力が社会を駆け巡る。 利益の見込みが私たちの行動を動機づけると考えるのは間違いなのだ。 相互扶助は、危機や恐ろしい大災害の時によく観察される。 たとえば、米国のハリケーン・サンディとロンドンでのグレンフェル火災の余波である。 相互扶助の出現は今や、日常の連帯の能力に関するクロポトキンの観察を裏付けている。 彼は問うであろう。 私たちの社会組織を再考するため、これらの実践をどのように拡張できるだろうか。 クロポトキンは救命艇協会を「完全に自発的」であると説明した。 クロポトキンが救命艇協会は計画が無かったと考えていたわけではない。 法律によって強制されたのではないという意味である。 信頼と実践は、ローカルの自己決定への協力と尊敬を通じて再生された世界に関するビジョンに不可欠であった。 リソースが限界まで拡大しているため、世界中の政府は相互扶助のネットワークに依存することによって、孤立して最も危険にさらされている人々のために買い物をしたり、士気低下を防ぐためにサポートの事実上のメッセージを送っている。 おそらく、そうすれば、コロナウイルス後の世界で、コミュニティ・ベースの組織を維持する方法について考え始めることができる。 相互扶助の政治と、公共サービスの民営化を目的とした新自由主義のプロジェクトとの間には大きな違いがある。 クロポトキンは、大企業や資金に縛られたボランティアに委ねられた公共サービスの責務を望んでいなかった。 彼の目的は、既存の権力構造を攻撃することであった。 相互扶助は平等の条件のもとで広がり、それは分散した連合体を目指すアナキスト運動の必要なパートなのである。 危機後に通常の緊縮財政が復活すれば、相互扶助の豊かな土台は枯渇するだろう。 対照的に、ベーシック・インカムの維持と拡大は、草の根の社会的変化を長期的に維持し、促進することを助けるだろう。 Photo by Martin Sanchez on Unsplash これを書いている2020年4月19日時点で、コロナウイルス COVID-19 の収拾はまったく目途が立っていない。 しかし一か月前の出来事を振り返ってみるには、早すぎるということもなかろう。 2月上旬、世界中にあっという間に広がったCOVID-19の対応に、日本社会も巻き込まれていった。 中国・武漢から邦人移送のためのチャーター便が飛び交い、そして大量の感染者が発生したクルーズ船が横浜港に接岸されたのである。 特にクルーズ船内には多くの乗客・乗員が船内に軟禁状態になったまま、遂に亡くなる方も出てしまった。 しかしこの期に及んで、首相・安倍晋三は連日連夜の会食を続けていたのだ。 安倍晋三が2月の平日に会食を行わなかった晩はたった3日しかない。 しかも、そのうち2日は私邸への早帰りである。 唯一仕事と言えるのは、2月10日のエストニア大統領との首脳会談だけというありさまだ。 また、その会食の内容や相手にも呆れるしかない。 クルーズ船で2人が亡くなった2月20日は子飼いの自民党・極右議員を集めての鉄板焼き、翌21日は前日に61才になった稲田朋美の誕生会である。 ちょうど北海道で感染が拡大しつつあるタイミングでもあった。 そして安倍晋三が突然の小中高全面休校宣言を出して全国が大混乱に陥った2月28日、最後の会食での同席者は、百田尚樹と有本香。 不要不急の極みと言うしかない。 下記の安倍晋三の行動は、時事の「首相動静」から引用させていただいている。 またウイルス関連の報道は、朝日新聞のものを使わせていただいた。 なお土日や祝日の行動に関しては省略したが、安倍晋三はせいぜい1~2時間程度の会議に顔を出すだけで、私邸でゴロゴロしていただけだ。 首相としての仕事をする気がないのなら、さっさと辞めればよろしい。 2月3日(月) 安倍:午後6時2分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。宴会場「鳳凰」で自民党と各種団体の懇談会に出席し、あいさつ。午後6時21分、東京・築地のふぐ料理店「つきじやまもと」着。森喜朗元首相、青木幹雄元自民党参院議員会長と会食。 ウイルス:新型肺炎患者がいたクルーズ船 横浜港に着岸せず再検疫 2月7日(金) 安倍:午後6時43分、東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」着。ホテル内の飲食店「鉄板焼 さざんか」で稲田自民党幹事長代行、JXTGホールディングスの渡文明名誉顧問、川田順一副社長と会食。 ウイルス:チャーター便第4便、羽田に到着 日本国籍以外の人も 2月13日(木) 安倍:午後7時3分、東京・丸の内のパレスホテル東京着。ホテル内の宴会場「芙蓉」で精神科医らでつくる首相の後援会「晋精会」の会合に出席し、あいさつ。午後7時40分、東京・平河町の中国料理店「赤坂四川飯店」着。自民党細田、麻生両派の衆院当選3回議員らの懇親会に出席。 ウイルス:クルーズ船、新たに44人の感染判明 計218人に 2月17日(月) 安倍:午後7時25分、公邸着。玉木康裕タマホーム会長、倉井敏磨三菱ガス化学会長、山名昌衛コニカミノルタ社長、松沢幹夫電気興業社長らと会食。 ウイルス:クルーズ船から帰国へ、豪州や香港もチャーター機手配 2月18日(火) 安倍:午後6時39分、東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」着。ホテル内の中国料理店「CHINAROOM」で赤羽一嘉国土交通相、公明党の太田昭宏前代表、斉藤鉄夫幹事長、石井啓一幹事長代行、高木陽介国対委員長、佐藤茂樹選対委員長らと会食。 ウイルス:国内イベント中止続々 五輪関連や就活・ビジネス 2月20日(木) 安倍:午後7時1分、東京・六本木の京料理、鉄板焼き店「花郷 六本木店」着。評論家の金美齢氏、自民党の城内実、池田佳隆、石川昭政、長尾敬、簗和生、山田賢司各衆院議員、小野田紀美参院議員らと会食。 ウイルス:クルーズ船乗客、80代の2人死亡 職員2人新たに感染 2月21日(金) 安倍:午後6時57分、東京・芝公園のホテル「ザ・プリンスパークタワー東京」着。ホテル内の「中国料理 陽明殿」で自民党の山口泰明組織運動本部長、稲田朋美幹事長代行、三ツ林裕巳、神山佐市両衆院議員と会食。 ウイルス:クルーズ船客の下船、夕方にも完了 濃厚接触者は対象外 2月26日(水) 安倍:午後6時57分、公邸着。佐治信忠サントリーホールディングス会長、岡田裕介東映グループ会長、高居隆章日本カルミック社長らと会食。 ウイルス:新型肺炎、北海道で初の死者 高齢者、死後に感染確認
Photo by Markus Spiske on Unsplash
「コロナウイルスに関するロック・ミュージシャン達のメッセージ」との記事を書いたのはほんの2週間前だったが、それから瞬く間にミュージシャンの間でも感染が蔓延してしまった。
ライブ活動ができず、CDの売上も急減する中、経済的な損失だけではなく、いよいよ健康や命そのものが直撃を受ける事態になっている。 状況は日々刻刻と急激に変化しているので、ここではその記録の整理に努めたいと思う。 なお繰り返しになるが、私自身は医学的知識を持ち合わせていないことを予めお断りしておく。 (最終更新 2020年5月5日 11:30)
3月29日 アラン・メリル死去
ジョーン・ジェットのヒット曲 "I Love Rock 'n' Roll" の制作者で知られているアラン・メリルが71才で亡くなった。 娘のローラ・メリルがFacebookで詳細を報告している。
3月31日 ゲイリー・ホルト陽性
メタル専門誌 Blabbermouth によると、エクソダスやスレイヤーで知られるギタリストのゲイリー・ホルトの陽性が判明した。 ゲイリーは3月中旬から体調不良を訴えており、検査の11日後に結果が出た。 なおテスタメントやデス・エンジェルとヨーロッパ・ツアーを行っていたため、デス・エンジェルのドラマーのウィル・キャロルや、テスタメントのヴォーカリストのチャック・ビリーも感染したことが判明している。 特に症状が重いウィル・キャロルは集中治療室へ搬送された。
4月1日 アダム・シュレシンジャー死去
ファウンテンズ・オブ・ウェインのギタリストのアダム・シュレシンジャーが、52才の若さで亡くなった。 ガーディアン紙によると、3月31日にニューヨークで病院に搬送され、翌日に息を引き取ったとのこと。
4月3日 クリストファー・クロス陽性
クリストファー・クロスが陽性と判定されたことを、自身のFacebookにて公表した。 幸い重篤にはなっていないもよう。
4月4日 サラ・バレリス全快
アメリカのシンガー・ソングライターであるサラ・バレリスが、感染から完全に回復したことを明らかにした。
4月4日 マリアンヌ・フェイスフル陽性
ビルボード誌によると、マリアンヌ・フェイスが陽性と診断されロンドンの病院へ搬送された。 マネージャーのフランソワ・ラバードは「容態は安定している」と話している。 またマリアンヌの友人であるペニー・アーケイドがFacebookで詳細を伝えている。 DEAR FRIENDS OF MINE after giving some thought to this, I have decided to share with you that I tested positive with the Corona Virus almost three weeks ago.
4月9日 マドンナ 従兄らを失う
マドンナがツイッターに投稿した動画で「24時間のうちに、従兄二人とボディーガードの兄弟が亡くなった」ことを明らかにした。
4月11日 ベビーフェイス全快
ベビーフェイスが自分の誕生祝に対する感謝のメッセージと併せて、家族と共に感染し、全快したことをツイートしている。
4月18日 マシュー・セリグマン死去
トーマス・ドルビーやデヴィッド・ボウイのバンドでベーシストを務めたマシュー・セリグナンが、2週間の闘病の後、脳出血の合併症で亡くなった。 トーマスがFacebookで明らかにしている。
4月20日 レックレス・エリック陽性
レックレス・エリックが陽性であることを、自身のブログとFacebookで明らかにした。 3~4週間ほど前から腰や胸などに痛みがあり、咳と微熱が続いていたため、検査を受けたところ陽性だったとのこと。 幸い重篤には至らず、自宅で隔離生活を送っている。
4月22日 マリアンヌ・フェイスフル退院
ロンドンの病院に入院していたマリアンヌ・フェイスフルが21日ぶりに退院した。 今後はしばらく自宅で静養する。
5月1日 マドンナ陽性
マドンナが自身のFacebookとインスタグラムでの動画で "I have the anti-bodies" と語り、陽性で抗体ができていることを明らかにした。
5月3日 デイヴ・グリーンフィールド死去
ストラングラーズのデイヴ・グリーンフィールドが、心臓の問題で入院中に感染し亡くなった。 71才だった。
Photo by ?? Claudio Schwarz | @purzlbaum on Unsplash
コロナウイルスが世界中に拡散し、音楽業界でも大規模なフェスからライブハウスの演奏に至るまで、様々なイベントが延期や中止を余儀なくされている。
こうした中、正面から影響を受けているロック・ミュージシャン達がどのようなメッセージを発信しているか、彼ら・彼女らのツイートから集めてみた。 (なお私自身は医学的知識を持ち合わせていないので、ここで言及されている対策に対しては、肯定も否定もできる立場でないことを予めお断りしておく。)
またエアロスミスは、自分たちがライブの最中に接触している場面を編集した動画を作成し「こういうのは止めろ」と主張している。
その他、モトリー・クルーやジーン・シモンズも「ソーシャル・ディスタンス」を求めている。
マスクを着用した投稿も多い。
例えば、ジャケットのイメージのメンバー全員にマスクを着用させたガンズ・ン・ローゼズ。 — Guns N' Roses (@gunsnroses) March 9, 2020
リンゴ・スターはビートルズのメンバーの中でマスクを着けている。
デフ・レパードやレイジ・アゲインスト・ザ・マシンは「手を洗え」とのメッセージを出すために、自分たちのヒット曲にかけ合わせたツイートを行っている。
そしてまさかのオジー・オズボーン。
— Ozzy Osbourne (@OzzyOsbourne) March 16, 2020
ポール・スタンレーは、医療関係者への感謝を表明。
パリ公演が中止になったブライアン・メイは「あきらめるな」とのメッセージを出している。
「世界のどこにいても気を付けろ」とツイートしているのは、ホワイトスネイクやスコーピオンズ。
カール・パーマーとポール・マッカートニーは、ベテランらしく「互いに助け合え」と主張している。
そして3月20日にマドンナが公開した動画が極めつけであった。
一切の説明を省いた上で、トランプの優柔不断な発言を時系列に並べ、彼の無能無策ぶりを糾弾する内容になっている。 さすがだ。
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新型コロナウイルスの蔓延で、3月中は殆どのライブが中止や延期に追い込まれてしまった。
私がチケットを持っていた分だけでも、マイケル・シェンカーが中止、ホワイトスネークとグリーン・デイは延期になり、また5月来日予定のアヴリル・ラヴィーンまで延期になっている。 8月開催予定で、3月6日にチケット予約開始だったはずのフジロックも、予約そのものが3月17日に延期された。 おそらく状況を判断するために時間を確保したのであろうと思われる。 ライブ自粛は大型のものだけではない。 例えばビルボード東京は3月11日まで営業停止、ブルーノート東京は3月をバーのみの営業に切り替えている。 危機的状況に追い込まれているのはクラシック業界も同様である。
さらに演劇のほとんども公演中止になってしまった。
鴻上尚史氏の悲鳴。
ライブや公演本番に向けてリハや練習を積み上げてきた関係者たちの無念は如何ばかりであろうか。
さらに照明、ミキサー、フロワなどスタッフたちの明日からの生活はどうなるのか。 彼らの多くは非正規労働者であり、ライブや公演の中止は収入を失うことに直結する。 政府は非正規労働者やフリーランスが休業した場合に10万円を融資するとの特例策を発表しているが、彼らに「10万円借金しろ」というのがまともな政策とは思えない。 ところで、ライブハウスの観客から罹患者が見つかったことから、どうやらライブハウスが槍玉に上げられているようである。 前述したビルボードやブルーノートなどのように、一定期間閉鎖するのは防疫上仕方がないとは言え、関係者には大きな痛みを伴っているのだ。 それを観客まで含めて揶揄するような物言い、とりわけメディアでの発信は許されるものではない。
「40代、50代、60代が全国から集まるコンサート」って、例えば最近では何万人も集まったクイーンとか知らないのだろうか。
いったい誰なのかと思っていたら、案の定この御仁であった。
この人物の頭の中は恐らくこんな感じなのであろう。
悔しいので、状況が落ち着いたら、またライブに行きまくってやる。
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2月17日、ロンドンでジンジャー・ベイカーの追悼ライブが行われた。
クリームとブラインド・フェイスでジンジャーの盟友だったエリック・クラプトンが呼びかけたもので、ロジャー・ウォータース、ロン・ウッド、ケニー・ジョーンズ、スティーヴ・ウィンウッド、ナイル・ロジャース、ウィル・ジョーンズ、そしてジンジャーの息子であるコフィがゲストで参加している。 ゲスト以外のバンドのメンバーもベテランで固めており、手堅い顔ぶれとなった。
なおロジャー・ウォータースはライブ当日にポスターのイメージをツイートしている。
setlist.comによると、セットリストは前半がクリーム、後半は主にブラインド・フェイスのものとなっていた。
1曲目は定番の "Sunshine of Your Love" で、いきなりロジャー・ウォータースがベースで参加。
2曲目もロジャー・ウォータースが残り "Strange Brew" を演奏。
もともとこの曲はスタジオ録音にアレンジが固められているため、ライブ演奏されるのは初めてではないかと思われる。
ここでロン・ウッドとケニー・ジョーンズが登場し "White Room" に突入。
ソロはエリックとロンの掛けあいで、ワウペダルを使ったプレイはロンが引き受けることになった。 余談だが、ワウの効果をリズムギター代わりにしてソロを弾くという斬新的なアイデアは、エリックがこの曲で開発したものだろう。
続く "I Feel Free" と "Tales of Brave Ulysses" ではロジャー、ロン、ケニーの3人が抜け、ナイル・ロジャースが登場。
リードボーカルはポール・キャラックが執り、またナイルが切れのいいカッティングを聴かせてくれる。 さらに "Tales of Brave Ulysses" では、珍しくナイルがソロを弾いている。
イギリスのブルース・ギタリストであるウィル・ジョーンズが参加し "Sweet Wine" を演奏。
"Blue Condition" ではエリックが全面に出て歌とギターを披露した。
そして再びロンが登場して、ジョージ・ハリスンとエリックの共作である "Badge"。
前半のソロはエリックで、後半はロンがスライドを炸裂させた。
続く "Pressed Rat and Warthog" は動画の記録が見当たらなかった。
コフィ・ベイカーが近年の持ち曲としているだけに残念である。 さて、ここからスティーヴ・ウィンウッドが参加して、ブラインド・フェイスのカバーに切り替わる。 "Had to Cry Today" ではスティーヴ・ウィンウッドが歌とギターを担当し、さらにナイル・ロジャースもギターで参加。
スティーヴ・ウィンウッド作の "Presence of the Lord" では、スティーヴがオルガンに廻り、エリックと歌を分担。
この曲はエリックのソロ活動ではすっかりレイドバックしたアレンジになってしまっていたが、ここでは原曲に近い激しいアレンジに戻っている。
"Can't Find My Way Home" では、スティーヴ・ウィンウッドが再びギターに戻り、ボーカルも執った。
さらにスティーヴ・ウィンウッドがオルガンに戻っての "Well All Right"。
"Do What You Like" と "Toad" ではコフィ・ベイカーが参加し、父親を彷彿とさせるソロを披露した。
この間、アンコール直前の楽屋では、ロンが寛いだ姿を自撮りしている。
最後は全員揃ってのアンコール "Crossroads" でフィナーレ。
終演後もロンがエリックと並んで写真を撮り、ツイッターに上げていた。
この翌日の18日、ロン・ウッドとケニー・ジョーンズは揃ってロッド・スチュワートのステージに参加し、またロジャー・ウォータースは22日、アサンジ氏強制送還に反対するデモで演説を行っている。
元気な爺さんたちである。 — Roger Waters (@rogerwaters) February 22, 2020 |