Art work from "The Satanic Majesties Request"
5月に発売となったビートルズのサージェント・ペパーズ 50周年エディションに続き、ローリング・ストーンズのサタニック・マジェスティーズも50周年となり、記念盤が発売になった。
ジャケットは四つ折りになっており、CDはステレオ・ミックスとモノラルの二枚。
更にライナーノートと併せ、日本盤のシングル「ランターン」と「シーズ・ア・レインボー」のジャケットが同梱されている。
CDもシングル・ジャケットに合わせた梱包で、芸が細かい。
肝心の音のほうについては、旧盤と比べ音圧が全体に大きくなっており、また様々な細かい楽器がくっきり浮き上がる仕上げになっている。
しかし、音の定位には変化がないように聴こえ、ドラムも一塊になっているので、サージェント・ペパーズのように各楽器ごとに分離できるようなマスターテープは無かったということなのだろう。 ところで、予約注文をアマゾンとユニヴァーサルの両方に入れてしまっており、同時に到着した。間抜けな話である。
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Photo by Jack Hamilton on Unsplash この数年、ロック・ミュージシャンの訃報が相次いでいる。 考えてみれば、リスナーである私のほうも50代後半に差し掛かっているのだから、ミュージシャン側はさらに高齢化しているのも当たり前と言えば当たり前である。 しかし中にはプリンスやジョージ・マイケルのように若くして亡くなる人達もおり、70才を超えられない「70の壁」があるような気がしたので、2015年から2017年7月にかけて亡くなったミュージシャンを死亡時の年齢で並べてみた。 ロック・ミュージシャンの死亡時の年齢 網掛けは癌が死因だった方(Wikipediaを参照) 世界保健機関のデータでは、2013年時点でのイギリス男性の平均寿命は79才、アメリカ男性の場合は76才となっている。
90才近くまでライブを続けていたチャック・ベリーやB.B.キングは別格として、やはり「70の壁」を超えずに亡くなった人が多い。 残念でならない。 特に癌で亡くなった人たちを網掛けしてみたところ、60代に集中していることが見えてきた。 私自身は医学の知見が無いので無責任な発言はできないが、ロン・ウッドは今年5月に検診で発見された肺癌を手術で克服しツアーに復帰、チャーリー・ワッツも2004年の咽喉癌発覚後の治療により76才になる現在まで現役であることを考えると、亡くなった人たちの中にも早期発見と適切な治療で救える命があったのではないだろうか。 モーターヘッドのレミーは、癌が発見された時には既に全身に転移し、もはや手の施しようが無かった状態だったとのことである。 一方、ロン・ウッドの場合、ツアー開始前に必ず受診する検診で初期の癌が発見され克服することができた。 別にミュージシャンでなくても、中高年になったら検診から逃げ回らず、定期的に受けておきたいものだ。 それにしても、2015年夏のフジロックでモーターヘッドを観てから、半年も経たない年末にレミーは逝ってしまった。 クリス・スクワイアはイエスで最後の来日後、アラン・ホールズワースもビルボードでの久しぶりのライブからさほど時間をおかないでの訃報である。 もう来日したミュージシャンのライブは予算と時間が許す限り、片っ端から観ておくしかないのかもしれない。 自然の摂理とは言え、寂しいものだ。 今回のブログは落ちも結論もない。合掌。
Photo by Flemming Fuchs on Unsplash
この数年、プログレ系の集まりで知り合った人たちの中で、周辺諸国に対する根拠なき蔑視を口にしたり、ファシズムを公然と肯定する連中がいて閉口したことがある。 その都度たしなめはするのだが、中には頑迷な排外主義を意地でも変えようとしない人物もいた。 こういった人たちとの付き合いに時間を費やすほどこちらも暇ではないので、同じ趣味を持つ間柄と言えどもSNSでのつながりを含め一切の関係を断つことにしている。 プログレの様式美がファシズムと相性がいいのではと仮説を立ててみたが、プログレ・マニアの多くが排外的なわけではないので、音楽的な好みとの有意性はないと信じたい。 またミュージシャンの側はむしろ積極的に反レイシズム、反ファシズムの立場を表明しているのが事実である。 ここでは、そのいくつかのサンプルを見てみたい。
ピーター・ガブリエル
ジェネシスのヴォーカルだったピーター・ガブリエルは、三枚目のソロ・アルバム「III」に”Biko”という曲を収めている。 これは南アフリカの反アパルトヘイト活動家で、1977年に30才の若さで獄死したスティーヴン・ビコ氏に捧げられたものである。 ピーターは、ライブでのMCで「非暴力でレイシズムに立ち向かい、南アフリカの刑務所に収監、拷問で殺された勇敢な男、スティーヴン・ビコ」と紹介している。
ゲディ・リー
カナダの人気トリオ、ラッシュのベーシストであるゲディ・リーの両親はユダヤ系ポーランド人で、ナチスのダッハウ強制収容所とベルゲン・ベルゼン強制収容所からの生還者である。 その後二人はカナダに移住し、1953年にゲディが生まれた。 ゲディは、幼少時に母親からホロコーストの話を聞き、悪夢を見て眠れなかったことがあると話している。 また両親のホロコーストの体験に基づいて ”Red Sector A” という曲を書いた。
ブライアン・イーノ
ロキシー・ミュージック出身のブライアン・イーノは、デヴィッド・バーンやロジャー・ウォータースらと共に、パレスチナ問題にコミットしているミュージシャンの一人である。 2014年7月、イーノはデヴィッド・バーンへの書簡という形で、イスラエル軍によるガザ侵攻を強く非難した。(なお書簡全文を翻訳したので、こちらを参照いただきたい。) また2017年7月には、難民救済のNGO “MOAS” を支援するため、コールドプレイとシングル “A L I E N S” を共作、プロデュースし、アニメとして発表している。
ロジャー・ウォータース
ロジャーは、イーノのパレスチナ問題に関する書簡に対して、自身のFacebookで強い賛同の意を表明した。 この中で「沈黙と無関心は最大の罪」(To stand by silent and indifferent is the greatest sin of all.)と明言している。 また最近のライブでは、ピンク・フロイド時代の曲 “Pig” の演奏で米大統領トランプのイメージを使い、「豚野郎」と断じている。
トッド・ラングレン
トッドもまた、反トランプの意志を明確に表明している一人である。 2017年5月には、スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンとの共作で、反トランプの楽曲 “Man in the Tin Foil Hat” を制作し、徹底的にトランプをこき下ろしている。 この曲の動画で登場する「ビル・オランウータン」(Bill O’Rangutan)とは、トランプの御用メディアとして知られるFox NewsのBill O’Reilly を揶揄したものであるのは明白だ。
レイシストやファシストがジェネシス、ラッシュ、ロキシー・ミュージック、ピンク・フロイド、トッド・ラングレンを聴くのは、彼らに対する冒涜であり、また人類に対する冒涜である。
スティーリー・ダンも禁止。彼らの音楽を聴きたいのであれば、まずレイシストやファシストであることを止めるべし。 Nishi Shinjuku,Tokyo - Bootleg, HeavenPhoto by Josh Wilburne on Unsplash 3月に「ブートレグ流通の変遷」というタイトルでブート流通について書いたが、過去のブートの扱いは今ほど堂々とはしていなかったはずだとの記憶が、もやもやと燻り続けていた。 そこで手元に残っている古雑誌で、いくつか確認してみることにした。 これは、1984年のFool’s Mateでの広告。この雑誌はいつの間にかビジュアル系専門誌になってしまったが、当時はプログレやポスト・パンクが中心だった。 メジャーレーベルの広告は表紙裏くらいで、あとはほとんどの広告がブート屋である。 その中でブートに対して「プライベート盤」という表現が使われていた。 次に同じ1984年のDOLL。 こちらはパンクに焦点を当てた月刊誌で、広告は自主制作盤が中心。なかには手書きのものまである。 ここで見つけたのは「プライベート・ビデオ」なるブートの広告。 「プライベート盤」の派生語みたいなものだろう。 更に12年経過した1996年のrockin’ on。今でこそメジャーな音楽誌になっているが、当時の広告はグラビアのカラーページを除けば、他は全部ブート屋といってもいい状態だった。 もう1996年ともなれば媒体は完全にCDへ置き換わっているため、ここでは「コレクターズCD」という言葉が使われている。 「プライベート盤」といい「コレクターズCD」といい、後ろめたさが醸し出されていて趣き深い。 やはり今ほど開き直った商売ではなかった。 さて、ここから本題。これまでブートのような著作権侵害は親告罪だったので、権利者が訴えなければ摘発されることはなかった。
ところが著作権侵害は、この度成立した共謀罪(いわゆるテロ等準備罪)に含まれているので状況が一変した。 ブート制作・販売は明らかに不法行為である。 とは言え、さすがにどう見てもテロ行為の準備とは思えない。 しかし二人以上の集団が準備行為を行えば、それだけで共謀罪の構成要件を十分満たすのである。 しかも共謀罪は親告罪とは到底考えにくいので、捜査当局がその気になればいつでも摘発できる。 では共謀罪の対象となりえるのはブート屋だけなのだろうか。 共謀罪における「組織的犯罪集団」の定義は結局曖昧なままで可決されてしまった。 ブート屋はもとより、音楽ファンが二人以上で無断録音や撮影の計画を相談すれば、たとえ実際に録音や撮影を行わくてもそれだけで法的には共謀罪として摘発可能になっているのである。 実際のところ、共謀罪の運用は暴対法に近いような形で、ある程度国民世論に受け入れられるようなところから開始されるだろう。 しかし共謀罪は、到底テロとは無縁な様々な分野で、いつでも権力者が恣意的に運用できる。 そしてこのような法の成立を許してしまったのは、他でもない自民党に投票した有権者自身である。 実はブート屋の間抜けぶりを笑っている場合ではない。 ライブ会場で写真を撮ってSNSにアップしたいなら、そのたびに自分の投票行動をよく思い返しておくべきである。 ビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の50周年記念エディションが到着した。 予約していたアマゾンからの発送だが、いつにも増して厳重な梱包。段ボールで二重になっている。それにしてもでかいし重い。 1987年の20周年記念エディションと比べてみる。CDがアナログを凌駕し始めた1987年には、歌詞通り '20 years ago today' がプロモーションの合言葉に使われたのを今でもはっきり覚えているが、そこからさらに30年もの年月が経過した事実にも改めて驚愕。 さて開梱してみると、まずはマスターテープのケースを捩った仕様。 さらに中味は、重量級ブックレット(重い原因はこれだった)、ポスター数点、そしてアナログ盤当時のサイズで制作されたジャケット。当然裏面には歌詞が掲載されている。涙。 ジャケットを開くと、CD 4枚にBlu-RayとDVD。どこから手を付けるべきか悩んでしまうが、そりゃまずオリジナル音源にリミックスを施した一枚目からでしょう。 このリミックス、とにかく凄い。 40年以上聴き続けてきたオリジナル盤の問題点をすべて解決し、完全に21世紀仕様として蘇らせている。 オリジナル盤では、楽器やボーカルを完全に左右へ振り分けた疑似ステレオだった。 例えば一曲目のタイトル曲ではポールのリードボーカルを右へ寄せ切っていたし、リンゴのドラムも塊となって片チャンネルにまとめられていた。 新しいリミックスでは、定位が完璧に修正されている。 まずタイトル曲のポールのリードボーカルが完全にセンターに移動されていることに気づく。 リンゴのドラムも、タムやハイハットなどが分離され、定位し直されている。 オリジナルの録音では8チャンネルしかないためドラムは塊になっていたはずだが、どうやって分離したのだろう。 現在のデジタル技術の粋なのだろうが驚くしかない。 リンゴのドラムの改善が特に顕著なのは2曲目の 'With A Little Help From My Friends' で、スネアがセンター、ハイハットがやや左側に寄せられており、ドラムがクリアに分離されたため今まで聞こえにくかったコーラスでのタンバリンまではっきり聞き取れるようになった。 なお 'A Day In Life' では、ピアノなどが左側でリズムを刻んでいるため、敢えてドラムは右側へ寄せたままになっている。 'Lucy In The Sky' のイントロではハープシコードがパンポットで微妙に左右に動くことで全体に広がりを持たせているし、アルバム全体を通じてコーラスの広がりも圧倒的。 またポールのベースの音質の改善も顕著で、輪郭がはっきりしたうえに、重い音になっている。 2枚目以降のアウトテイク集にまで辿り着くにはまだしばらく掛かりそうだが、これはとにかく「買い」である。 追記 (21:00 28/5/2017)
NPRでのジャイルス・マーティン(ジョージ・マーティンの息子)のインタビューによると、オリジナル制作当時は4トラックを重ね続けて音を作っていったので、今回の50周年記念エディションにあたっては最初のテイクを含むテープに遡って音源としたとのこと。 それらはヒスノイズもなく極めてクリアな音だったとも証言している。 音質改善はデジタル技術に頼ったわけではなく、全て原音の良さにあった。 ますます恐るべしである。 Photo by Caleb Woods on Unsplash あまり褒められた話題ではないが、誰も書かないと思うので敢えて書く。 ブートレグの流通の歴史。 いわゆる海賊版である。 著作権など権利者の権利を一切無視して製造・流通される非合法な商品。 古くからのロック・ファンの間では「ブート」と呼ばれることも多い。 PCの違法コピーとは異なり、ブートレグのコンテンツは正規盤を不法コピーしたものより、ライブ会場で勝手に録音したもの、あるいは正規盤に収録されなかったアウトテイクを集めたものが殆どである。 アーティスト側からすれば権利から本来得られるべき収益が横取りされるだけではない。 ライブでの演奏ミスが修正されないまま拡散されるし、アウトテイクも作品として世に出すには十分なクオリティではないと判断したものである。 堪ったものではない。 しかし少しでもレアな音源に触れたいというファンの心理を突いたものではあるため、闇商品として現在も存在し続けている。 70年代はアナログの時代だったので、ブートレグもLPの形態を取っていた。 正規盤のように凝ったデザインを施したジャケットのものもあれば、白いボール紙にモノクロのチラシのような印刷物を貼り付けただけのものもあった。 ジャケットと音質は必ずしもシンクロしておらず、ジャケットは凝っているのに最悪の音質だったり、ボール紙のジャケットでも「ブートの名盤」と呼ばれるようなものもあった。 また当時、東京のブートレグ専門店は西新宿に集中していた。しかし多摩地区でも主要な駅周辺には数店舗存在していたので、恐らく全国的にブートレグ取り扱い店があったのだろう。 そんな統計は残っていないだろうが。 80年代にはいりアナログLPがCDに駆逐されると、ブートもまたCDに替わっていった。 アナログ時代に知られていたLed Zeppelinの ‘Blueberry Hill’、Jimi Hendrixの ’Paper Airplanes’ や ‘Diamonds in the Dust’ などが正規盤並みの装丁で流通し始めたのもこの頃である。 ブートレグ専門店もCD取り扱いへ変わっていった。 90年代には、プリンスの未発表音源 ‘Black Album’ がまるごとブートレグで流通するという事件が発生した。 ミックスダウン作業も完了した所謂「完パケ」状態であったため、音質は完璧だった。 その後プリンスは、このブートレグ対策のために ‘Black Album’ を正規盤としてリリースすることになる。 正規盤はただ真っ黒なジャケットなのに、ブートレグのほうがきちんとデザインされているのは、いやはや何ともである。 90年代半ばになるとインターネットの普及に合わせて、世界規模でのブートレグの闇流通網が構築されていった。 従来のブートレグ流通が「ビジネス」であったのに対し、こちらはマニアの間での音源交換である。 インターネットの普及といっても、まだSNSが開発される以前のことなので、主要な連絡手段はメーリングリストだった。 例えば、Jimi Hendrixに関するメーリングリストは、アメリカとユーゴスラビアに在住する人物たちによって運営されていた。 メンバーの中でブート音源が発掘されると入手希望者を募り、カセットテープで配布される仕組みである。 しかしながらカセットの孫コピー、曾孫コピーなので、とてもまともに聴けるような音質の代物ではない。 なおこのグループは、ユーゴスラビア内戦勃発後、NATOによるベオグラード空爆を契機にして、音楽とはまったく別の次元の諍いで空中分解し、消滅してしまった。 ところで、アーティスト側もブートレグに対し、決して静観していたわけではない。
Frank Zappaは、よく知られたブートレグの装丁や音源をそのままコピーしたものを「ビート・ザ・ブート」シリーズという正規盤にしてしまった。 先のJimi Hendrixについても、遺族が立ち上げた会社 Experience Hendrix が、「正式ブート」シリーズとしてライブ音源をいくつも販売開始している。 ライブ会場で音源のCDの予約を受け付け、後日販売するという手段も考案された。 Peter Gabrielは2014年のヨーロッパ・ツアー全16か所でこれを実施しており、すべての公演を収録した16枚ボックス・セットまでリリースした。 先日来日しビルボードで公演したStick Menも、来場者限定で当日のライブCDの予約受付をしている。 さてここまで書いてきたブートレグは恐らく海外で製造され輸入したものと思われるが、最近はどうやら日本公演専門のブート業者がいるらしい。 宣伝コピーにある「この1日を完全再現」とか「サウンドボード・レベルのクオリティ」なんていう煽り文句は昔からあるものなので、まあそんなもんだろうとは思う。 しかし「イヤーモニター・ソースによるライン音源」って、これワイヤレス・モニター用の電波を勝手に受信・録音したってことでしょう。 いくら何でも、さすがにこれはやり過ぎではないか。 |