<![CDATA[久保田直己 不撤不散 - Blog]]>Sun, 26 Jan 2020 21:18:10 +0900Weebly<![CDATA[南町田グランベリーモール 地元住民のためのガイド]]>Sun, 26 Jan 2020 02:49:49 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/grandberrypark

​2019年11月13日、南町田グランベリーパークがオープンした。
2017年2月に閉店したグランベリーモールの跡地に、隣接した鶴間公園を合わせる形で建設された施設である。
全店舗数は234に及び、またスヌーピーミュージアムなど目玉となる設備も作られている。
町田市と東急電鉄の共同運営の「南町田拠点創出まちづくりプロジェクト」によって進められてきたため、私企業の商業施設に税金を投入することはどうなのかと考えてもいたが、完成してみれば地元住民としても中々便利であった。
話題のショップの紹介などは公式サイト出店ウォッチのような記事に任せることにし、ここでは地元住民として有難いと感じたポイントに焦点を当ててみたい。

いきなりのタリーズだが、実はこの地域で、改札を出たところに喫茶店があるのは画期的なことなのだ。
田園都市線の駅は始発の中央林間から、つきみ野、南町田グランベリーパーク、すずかけ台、つくし野、長津田と続くが、これまで駅前の喫茶店といえば中央林間のサンマルクカフェと長津田駅構内のヴィ・ド・フランスくらいであった。
ちなみに隣のつきみ野とすずかけ台の駅前はこんな具合である。
はっきり言うと、駅前で打ち合わせ一つできないような沿線なのである。
「鳥取県に初めてスタバができた」みたいなニュースは他人事ではない。

​私のようなおっさんにとって、QBハウスもまた必須の生活インフラだ。
以前は小田急線の中央林間駅に直結した店舗があったのだが、残念ながら2019年に閉店したため、近隣では長津田駅構内の店舗だけになってしまっていた。
あとは都心から帰宅する途中に溝の口で下車して、駅構内の店舗に寄るくらいしか手立てがなかったのである。
たいへん失礼ながら、グランベリーパーク店はQBハウスとは思えないお洒落な外観や内装で、驚かされる。

郵便局についてもこの地域は壊滅的と言っていいだろう。
なにしろ横浜市分になる長津田、田奈、青葉台まで行かないと駅前に郵便局がない。
町田市の南部にももちろん郵便局がないわけではないのだが、車を必要とする距離に点在しているのが実情だった。
銀行に関しても、三菱UFJ、みずほ、横浜、セブン各行のATMが設置されたので、たいへん便利になった。

スーパーとしては特に大きな特長があるわけでもないが、駅前で23時まで営業しているので、帰宅時にちょっとした買い物ができるようになった。
とりわけ夕刻以降になると惣菜や弁当などが破格の値段になるので、ちょくちょく利用させていただいている。

​109シネマはグランベリーモール時代の建物を壊さず、内装を変えただけで再利用している唯一の設備である。
映画館については町田市全体が不毛の地で、JR町田駅周辺も含め、ここ以外には存在しない。
もう何十年も前だが、JR町田駅近くにエロ映画館が一軒、小田急町田駅前にVシネマ系の小さなスクリーンが一軒あったものの、これらもとっくの昔に潰れてしまった。
2019年のヒット作「ボヘミアン・ラプソディ」を見るにも、わざわざ電車を乗り継いで横浜市都筑区のセンター北まで行かざるを得なかったのである。
あとは二子玉川や南大沢、新百合ヶ丘まで行くしかない。
なお、つきみ野にもイオンシネマがあるにはあるが、駅から遠いので車がないとどうにもならないし、車ではビールを飲むわけにもいかない。
しかしグランベリーパークなら、23:30くらいに映画が終わってもサクっと歩いて帰ることができる。
なにより地元の数少ない文化的インフラである。

改札を出て右手の「セントラルコート」の二階にまさかの山野楽器。
グランベリーパークの新しいテナントの中では、これが一番びっくりした。
楽器店もまた町田は不毛の地であり、JR町田駅前にあった石橋楽器も数年前に撤退してしまっている。
ギター弦やピックを買うにもわざわざ渋谷まで出なければならなかったのだ。
地元でアーニーボールのベース弦が買える日が来るとは夢にも思わなかった。

​大型書店は青葉台にブックファーストがあり、また中央林間や長津田にも駅直結で小型の書店がある。
グランベリーパーク内のリブロは特に際立った特徴があるわけではないように見えるが、たいへん重要なことに気が付いた。
あの実に不愉快な嫌韓・嫌中本、ヘイト本がまったく無いのである。
しかも1月27日のアウシュビッツ解放記念日に合わせた特別コーナーまで設置されていたのには驚いた。
神保町の大型書店でもなかなか目にできない企画である。
海外からのお客様が多い商業施設の中の店舗であるし、また近隣に東京工業大学の大学院があるため、様々な国の留学生たちが居住している地域でもあるので当然の配慮ともいえるが、多くの書店の悲惨な棚の状況を考えると、高い見識を持った店員の方がいらっしゃるのだろうと思われる。
「韓国はxx」「中国がxx」のような表紙を見るのもおぞましいヘイト本を平積みにしているつくし野駅前の●教堂は、リブロの爪の垢を煎じて飲んでほしい。

地元住民にしてみれば、毎日毎週のようにCOACHで買い物をしたりスヌーピーミュージアムに行ったりするわけでもない。
そうした中で、地元住民の日々の生活に欠かせないインフラとなる店舗が揃ったことは有難いことだ。
近年移り住んで来た方々には信じてもらえないだろうが、隣のすずかけ台駅の駅前に郵便ポストが初めて設置されたことすら、当時のこの地域では驚嘆すべき出来事だったのである。
]]>
<![CDATA[AIプロジェクトと差別排除の原則]]>Mon, 13 Jan 2020 06:41:11 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/aianddiscrimination
Photo by Christopher Burns on Unsplash
2019年12月、AI研究者による差別を廻る事件が注目を浴びた。
まずその概要について、ハフィントン・ポスト紙の記事を引用しておきたい。
東京大学大学院情報学環・学際情報学府で特任准教授を務める大澤昇平さんが12月1日、Twitterで「当職による行き過ぎた言動が、皆様方にご迷惑、不快感を与えた点について、深く陳謝します」と謝罪した。
大澤さんは自身が経営する会社で「中国人は採用しません」などと人種差別と見られる投稿をTwitterで繰り返して批判を浴びていた。
彼が東京大学で担当していた「情報経済AIソリューション寄付講座」は、その名称通り寄付で運営されていたが、このツイートのような差別は許されるはずもなく、寄付元のすべての企業が寄付を停止する結果となった。
さらに彼がCEOを務めるDaisy社の提携先であるSteamr社(スイス)も、直ちに提携解消を発表している。

この一件は、産学共同のあり方、理系学部・学科における歴史や倫理などの教養科目の重要性、労働関連法などの企業コンプライアンスといった様々な問題を提起するものであるが、ここでは「AIと差別」に焦点を当てて考えてみたい。

AIと差別については2016年3月、マイクロソフトのAI「Tay」がヘイトを「学習」してしまい、ナチス賛美や反ユダヤなどの発言を始めたため、リリース後わずか16時間で停止に追い込まれた事件が知られている。
この事件によって、AIと倫理に関する問題が広く認識されるようになった。
とりわけヨーロッパにおいては、欧州委員会で「信頼できるAIのための倫理ガイドライン」が検討され、2019年4月8日に「7つの要件」が制定・発表された。
1. 人間の活動と監視
2. 堅固性と安全性
3. プライバシーとデータのガバナンス
4. 透明性
5. 多様性・非差別・公平性
6. 社会・環境福祉
7. 説明責任
特にその要件の一つが、多様性・非差別・公平性に関するものとなっていることに注目したい。
多様性、差別の禁止、公平性:不公平なバイアスは避けなければならない。
それは脆弱なグループの排除から、偏見と差別の悪化に至るまで、多重の負の意味を持つ可能性があるからである。
多様性を育むことにより、AIシステムはいかなる障碍に関係なくすべての人がアクセス可能で、ライフサイクル全体を通じて関係者を取り込む必要がある。

Diversity, non-discrimination and fairness: Unfair bias must be avoided, as it could have multiple negative implications, 
from the marginalization of vulnerable groups, to the exacerbation of prejudice and discrimination. 
Fostering diversity, AI systems should be accessible to all, regardless of any disability, and involve relevant stakeholders throughout their entire life circle.
欧州委員会の「信頼できるAIのための倫理ガイドライン」の検討には、多くの企業や機関、学術関係者、市民団体などが協力した。
その中の一つが、2016年にAIのプロジェクトで失敗を経験したマイクロソフトである。
マイクロソフトは2019年4月9日、「AIに関するEUでの諸問題」担当のシニア・ディレクターである Cornelia Kutterer氏の名前で、次のような声明を発表した。
特定のシナリオに対するガイドラインのストレス・テストや日々の運用に関する視点を持って、今年欧州委員会がラウンチ予定のパイロット・フェーズに参加することを、私たちは楽しみにしています。

We also look forward to participating in the pilot phase that the Commission will launch later this year, with a view to stress-testing the guidance against specific scenarios and day-to-day operations. 
さらにマイクロソフトは「Microsoft の AI の基本原則」を制定し、「公平性:AI システムはすべての人を公平に扱う必要があります」と明言している。

また「信頼できるAIのための倫理ガイドライン」発表に先立つ2019年1月17日、企業向けAI「ワトソン」で知られるIBMも、AI倫理グローバル・リーダーの Francesca Rossi氏による次のようなコメントを発表している。
私たちはEUの「信頼できるAIのための倫理ガイドライン」を策定するための取り組みを大きく支持しており、現在完成に近づいています。
(中略)
IBMは昨年、AIがどのように意思決定を行っているかを可視化し、潜在的に有害なバイアスを軽減する方法をレコメンドするTrust and Transparency capabilities for AIをIBMクラウド上で提供開始しました。

欧州委員会の発表に続けて2019年5月22日、経済協力開発機構(OECD)加盟の42か国が「AIの開発・利用に関するガイドライン」を採択した。
ガイドラインは人権と民主的価値を尊重する内容となっており、「人権・多様性・公平性」を含む5原則が制定されている。
AIは、包摂的成長と持続可能な発展、暮らし良さを促進することで、人々と地球環境に利益をもたらすものでなければならない。

AIシステムは、法の支配、人権、民主主義の価値、多様性を尊重するように設計され、また公平公正な社会を確保するために適切な対策が取れる-例えば必要に応じて人的介入ができるようにすべきである。

AIシステムについて、人々がどのようなときにそれと関わり結果の正当性を批判できるのかを理解できるようにするために、透明性を確保し責任ある情報開示を行うべきである。

AIシステムはその存続期間中は健全で安定した安全な方法で機能させるべきで、起こりうるリスクを常に評価、管理すべきである。

AIシステムの開発、普及、運用に携わる組織及び個人は、上記の原則に則ってその正常化に責任を負うべきである。
さらに2019年6月10日、英国政府がガイダンス「AIの倫理と安全性の理解」を発表した。
こちらでも「AIプロジェクトが確認すべき4つの目標」が明示され、差別禁止がはっきりと謳われている。
公平と差別の禁止 - 個人や社会的グループに対する差別的な影響の可能性を考慮し、モデルの結果に影響を与える可能性のあるバイアスを緩和し、設計と実装のライフサイクルを通じて公平性の問題を認識する。

fair and non-discriminatory - consider its potential to have discriminatory effects on individuals and social groups, mitigate biases which may influence your model’s outcome, and be aware of fairness issues throughout the design and implementation lifecycle.

このように、AIプロジェクトでの公平性確保や差別排除は、既に国際的な規範になっているのである。
日本の企業や大学においても、AIの研究者や開発者は、公平性や差別について、いくら配慮しても配慮し過ぎることはない。
またAIプロジェクトを進めるにあたっては、要件定義から設計、製造、運用と保守に至るすべてのシステム開発フェーズにおいて、公平性確保や差別排除が確認されるべきである。
とりわけ2016年のマイクロソフトの事件のように、開発者が明確な差別の意図を持っていない場合ですら、運用段階でAIが「差別主義者」になってしまう危険性が十分にあり得るのだ。
だからこそ、AIによる出力結果に対して絶え間のない内容確認を行うと共に、修正の必要があれば人間による介入も求められることを自覚しておきたい。

最後に、IT最大手の一社であるインテルの「人権原則」における「多様性と反差別」の項目を確認しておく。
​人種、肌の色、宗教、宗教的信条、性別、国籍、祖先、年齢、身体的または精神的障碍、健康状態、遺伝情報、軍役および退役の状況、婚姻状況、妊娠、性別、性別表現、性同一性、性的指向、または地域の法律・規制・条例によって保護されているその他の特性に基づく差別は行いません。

We do not discriminate on the basis of race, color, religion, religious creed, sex, national origin, ancestry, age, physical or mental disability, medical condition, genetic information, military and veteran status, marital status, pregnancy, gender, gender expression, gender identity, sexual orientation, or any other characteristic protected by local law, regulation, or ordinance. 

]]>
<![CDATA[1980年 ロック史上最悪の年]]>Sun, 29 Dec 2019 15:00:00 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/1980
画像
Photo by Daniel Schludi on Unsplash
しばらく前に1970年のロックの状況について整理したが、今回は一気に10年すっ飛ばして1980年のことを思い出しながら書いてみたい。
1980年はポール・マッカートニーの初来日で幕を開けるはずだったのに、いきなり成田で逮捕され強制送還されるという事態になってしまった。
さらに秋にはジョン・ボーナムが過剰な飲酒で死亡、年末はジョン・レノンが射殺されるという、ロック・ファンにとって悪夢のような年であった。
脱退劇も相次ぎ、キッスからはピーター・クリスが辞め、ローリング・ストーンズではビル・ワイマンが脱退の意志表明をしている。
その一方でポリスやブロンディなどがヒット曲を飛ばしており、80年代ロックの胎動を予感させるものとなっていた。
また日本ではこの年、山口百恵が引退し、替わって松田聖子、柏原よしえ、田原俊彦、近藤真彦らのアイドルが次々とデビューしていった。
1980年という区切りはあくまでも便宜的なものに過ぎないが、時代の風景は確実に移り変わっていたのである。(以上、敬称略)

1/7   レッド・ツェッペリン「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」プラチナ

​1/11  ボブ・ディラン、第二期ゴスペル・ツアー開始
1/18  キャプリコーン・レーベル破産
1/16  ポール・マッカートニー、大麻所持の容疑で成田空港内で逮捕
1/25  ポール・マッカートニー、日本から強制退去
1/26  エジプトとイスラエルが国交樹立
2/7   ピンク・フロイド、全米でウォール・ツアー開始
2/9   トム・ペティ&ハートブレイカーズ「破壊」全米二位
2/18  ビル・ワイマン、ローリング・ストーンズから脱退の意志表明
2/19  ボン・スコット死去
2/23  クイーン「愛という名の欲望」全米一位四週

2/29  韓国で金大中氏が公民権を回復
3/22  ピンク・フロイド「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」全米一位

​3/23  U2、アイランドと契約
3/29  ブライアン・ジョンソン、AC/DCとして初ライブ
4/1   松田聖子「裸足の季節」でデビュー

​4/5   ジェネシス「デューク」英一位
4/19  ブロンディ「コール・ミー」全米一位

​4/23  アメリカ軍がイラン人質救出作戦に失敗
4/29  ブラック・サバス、ロニー・ジェイムス・ディオとのツアー開始
5/18  韓国で光州虐殺
5/18  ピーター・クリス、キッスから脱退
5/24  日本のモスクワオリンピック不参加が決定
5/31  「マッカートニーII」英一位
6/13  ポール・マッカートニー「カミング・アップ」全米一位

​6/14  ビリー・ジョエル「グラス・ハウス」全米一位、ピーター・ガブリエル「III」英一位
6/17  レッド・ツェッペリン、最後となるツアー開始
6/21  田原俊彦「哀愁でいと」でデビュー
6/28  ロキシー・ミュージック「フレッシュ・アンド・ブラッド」英一位
7/5   ローリング・ストーンズ「エモーショナル・レスキュー」英一位二週

​7/7   レッド・ツェッペリン、西ベルリンで最後のライブ
7/12  オリビア・ニュートン・ジョン&ELO「ザナドゥ」英一位二週
7/19  モスクワオリンピック開幕、日本やアメリカなど67ヶ国のIOC加盟国がボイコット
7/19  クイーン「ザ・ゲーム」英一位二週、ビリー・ジョエル「ロックンロールが最高さ」全米一位二週
8/1   デフ・レパード、初の米国公演
8/2  「ディーペスト・パープル」全米一位
8/9   AC/DC「バック・イン・ブラック」英一位

​8/15  ジョン・レノン「ダブル・ファンタジー」のレコーディング開始
8/19  新宿西口バス放火事件
9/6   ジャム「スタート!」英一位
9/13  ジャクソン・ブラウン「ホールド・アウト」全米一位
9/17  ポーランドで独立自主管理労働組合「連帯」結成
9/20  ケイト・ブッシュ「魔物語」英一位

​9/22  イラン・イラク戦争勃発
9/25  ジョン・ボーナム死去
9/27  デヴィッド・ボウイ「スケアリー・モンスターズ」英一位二週、ポリス「高校教師」英一位四週

​10/4  クイーン「地獄へ道連れ」全米一位
10/5  山口百恵の引退コンサート
10/8  ボブ・マーレー、ステージで転倒、これが最後のステージに
10/11 ポリス「ゼニヤッタ・モンダッタ」英一位四週
10/17 ジョン・レノン「スターティング・オーヴァー」リリース、ブルース・スプリングスティーン「ザ・リバー」リリース

​10/21 巨人の長嶋茂雄監督、退任
11/4  巨人の王貞治選手、現役引退
11/4  米大統領選でロナルド・レーガンが現職のジミー・カーターを破り当選
11/16 ブロンディ「夢見るNo.1」英一位二週
11/17 ジョン&ヨーコ「ダブル・ファンタジー」リリース
11/21 スティーリー・ダン「ガウチョ」リリース
11/22 アバ「スーパー・トゥルーパー」英一位九週
12/2  ジョン&ヨーコ、ダコタ・ビルで最後のフォト・セッション
12/4  レッド・ツェッペリン解散発表
12/6  スティーヴィー・ワンダー「ホッター・ザン・ジュライ」全米三位
12/8  ジョン・レノン銃殺事件
12/12 近藤真彦「スニーカーぶる〜す」でデビュー
12/20 ジョン・レノン「スターティング・オーヴァー」英一位

​12/27 ジョン&ヨーコ「ダブル・ファンタジー」全米一位七週

音楽以外に目を向けると、世界中で戦後の冷戦体制が断末魔の叫びをあげ始めた年であった。
例えば全斗煥・軍事政権による光州虐殺、西側諸国によるモスクワ五輪ボイコット、ポーランド自主労組「連帯」結成などが起こっている。
更に10年の時間をかけて、韓国の本格的な民主化やソ連崩壊を、私たちは目撃することになった。
一方、日本はバブル景気で国を挙げて浮かれた結果、10年後にはバブル崩壊後で回復不可能な痛手を負う羽目になるのである。
]]>
<![CDATA[2019年のライブを振り返る]]>Fri, 27 Dec 2019 15:00:00 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/live_2019

2017年2018年とライブ観戦の総括を毎年書いてきたが、2019年も片っ端からライブを観に行くことになってしまったので記録しておきたい。
2019年のライブを通して感じたのは、いわゆる一部の「昔の名前で出ています」系のバンドの劣化が激しく、観るに堪えない状態だったことである。
詳細は後述するが、はっきり言ってしまうとイエスとグラハム・ボネットが酷かった。
逆にトト、ブライアン・フェリー、カルメン・マキ&OZなどは、演奏のクオリティが非常に高く、素晴らしいライブであった。
一方、エリック・クラプトンやキッスは、もはや伝統芸能とも言うべきパフォーマンスを見せてくれた。
キッスはこれが最後の来日と謳っていたが、同じようにもう観ることができないバンドが今後増えると思われる。
もう残された時間は少ないので、機会があればできる限り見ておきたいものだ。

スラッシュ ft. マイルス・ケネディ & ザ・コンスピレイターズ 新木場STUDIO COAST   1/17(木)

​2017年のガンズ・アンド・ローゼズ以来、ちょうど2年ぶりのスラッシュの来日。
まずオープニング・アクトのデンマークのバンド H.E.R.O.からなかなか良いのだが、開場時間から遅れて到着したので、オール・スタンディングの後ろのほうになってしまい全然見えなくて辛い。
ところがいったんトイレに出たら、ステージ真横に通じている入り口を発見し、ここから潜り込んだところ、打って変わってスラッシュのかぶりつきのポジションを確保できた。
当たり前だが落ち着いて観るには、整理券の順番で入場できる時間に行かなければならない。
​年初から反省。


PUFFY×土岐麻子 ビルボード東京 1/19(土)
​​
「松本隆作詞の昭和歌謡」縛りという企画のため、数あるオリジナル曲はたった一曲しか歌わなかった。
YMOの「君に胸キュン」から始まって、森進一の「冬のリヴィエラ」やら「ハイスクールララバイ」やら、このためだけに振り付けの練習をしたのはたいへんだっただろう。
松本隆氏の仕事の幅広さにも改めて圧倒された。


ウルリッヒ・ロート 中野サンプラザ 1/21(月)
​​
2016年のLOUD PARKから3年ぶり、単独のライブとしては2015年以来。
19時から22時まで3時間近くにわたり、たっぷり演奏してくれた。
「22時まで」というサンプラの規則がなければ、いくらでも続けるくらいの勢いである。
LOUD PARKではスコーピオンズのステージにウルリッヒが飛び入りしたが、今回はルドルフ・シェンカーらがゲストとして現れた。
ライブは二部構成で、前半は Electric Sun の曲が中心。
若干の休憩をはさんで、後半はアコースティック・ソロで始まり、スコーピオンズの "Virgin Killer" や "Pictured Eye" なども披露した。

トト 武道館  2/20(水)


結成40周年記念のライブ。
"Africa" や "Hold The Line" など数々のヒット・ナンバーに加え、マイケル・ジャクソンの "Human Nature" なども演奏。
さらにスティーヴ・ルカサー自ら「憧れでありライバルだった」とMCで語るジョージ・ハリスンに、 "While My Guitar Gently Weeps" が捧げられた。

イエス 東京ドームシティホール 2/23(土)

​3日連続の東京公演はコンセプトやセットリストが毎日異なるとのことで、2月22日(金)は「危機」完全再現、23日(土)はベスト・セレクション、24日(日)は「サード・アルバム」全曲再現という触れ込みだったため、複数回観に行かれた方も多かったのではないだろうか。
私が行った23日では、スティーヴ・ハウの指が追い付かず、リズムを外しまくり。
特に8分音符の8連のモタりが酷い。
さらに数曲のみだがドラムを叩いたアラン・ホワイトもヨレヨレだった。
ビリー・シャーウッドが何とか全体を引っ張っていたが、バンドとしてはそろそろ限界であろう。


ブライアン・フェリー Bunkamuraオーチャードホール 3/13(水)

"Love Is The Drug" や "More Than This" など、ロキシー・ミュージックの楽曲が半分以上を占めた。
ギターのクリス・スペディングをはじめ、ヴァイオリンやサックスの女性メンバーのパフォーマンスも完璧で、プロフェッショナルなステージであった。
2019年のライブのうち、ベストのひとつ。


DOWNLOAD JAPAN 2019 幕張メッセ 3/21(木)
​​
ヘッドライナーのオジー・オズボーン出演が健康問題でキャンセルとなり、一時はどうなることかと思ったが、なんとジューダス・プリーストが代打で登場。
2018年のジューダス・プリーストのチケットは抽選で外れて観られなかったので、これはこれで大歓迎である。
その他、アンスラックス、アーチ・エネミー、ゴースト、スレイヤーなど、爆音の各ジャンルを取りそろえた充実したフェスであった。
ステージ終了後にロブ・ハルフォードが号泣しており、それを見た中高年のメタル・ファンも泣いていた。

リンゴ・スター 東京ドームシティ 4/5(金)

​リンゴも3年ぶりの来日。
今回はスティーブ・ルカサーやコリン・ヘイ、ヘイミッシュ・スチュワートらを迎え、トト、サンタナ、メン・アット・ワーク、AWBなどの曲もたっぷり演奏し、リンゴはマイク・スタンドよりもドラム・スツールに座る割合が高くなった。
スティーヴ・ルカサーはトトでの来日から二か月も経っていない。
なおトッド・ラングレンとリチャード・ペイジがいなくなったため、どうにもバンドとして切れが悪くなった。
楽器だけでなく、明らかに歌も弱くなっており、誠に残念。

エリック・クラプトン 武道館 4/13(土)

さらにエリックも3年ぶりの来日である。
今回は全キャリアを通じたメガヒットを揃えた中に、定番のブルース・ナンバーを散りばめた珠玉のセットリストとなった。
ブルースだけで埋め尽くした前回とは大きく異なり、ベストな選曲だったのではないか。
またアンコールでは、同時に来日中のジョン・メイヤーが参加するというサプライズもあった。

ジョージ・クリントン ビルボード東京 4/29(月)

​ビルボードとしては2年ぶり、2018年のサマーソニックからは一年も経っていない。
狭いステージに総勢18人も並んで、しかもバンド側から「写真撮ってSNSで拡散しろ」との指示が出たため、ビルボードらしからぬハチャメチャな状態になった。
(通常、ビルボードでは撮影禁止です。)
最後は総裁自ら客席におりて、さらに大混乱。


トッド・ラングレン すみだトリフォニーホール 5/22(水)

2015年のフジロックで来日したものの、この時は全曲打ち込みのカラオケ大会だったので、フルバンドでの演奏は2013年以来である。
ギターのトラブルがあったものの、二部構成で往年の曲をたっぷり演奏。
やっぱりトッドのライブはバンド・サウンドあってのものである。

Suomi Feast 2019 赤羽ReNy alpha 5/25(土)

2017年から行われているフィンランドのメタル・バンドを集めたフェスで、2019年は5月24日(金)から26日(日)の3日間にわたって開催された。
LAメタルのようにメロディを全面に出すビースト・イン・ブラックに加え、デス、スラッシュ、ドゥームなどメタルのサブジャンルのショーケースのようであった。
なおプロモーターの Evoken de Valhall Production が5月31日に事業休止を発表し、これが最後の企画となってしまった。
​​

アルカトラス TSUTAYA O-EAST 5/31(金)

​グラハム・ボネット・バンドがアルカトラスに改名し来日。
この日の内容は「DOWN TO EARTH 完全再現」とのことであったが、残念ながらグラハムは音程を外しまくり、結局最後まで音程が合うことなくやり通した。
若干フラットしている程度ではなく、キーがAの曲なのにD#で歌って不協和音になっているような状態である。
コーラスが付く時だけは音程が合っていたので、もしかしたらカラオケのようにガイドが必要なのかも知れない。
イエスと並んで2019年のダメダメ・ライブのひとつ。


サイモン・フィリップス Protocol 横浜 Motion Blue 6/9(日)

サイモンのソロ・プロジェクト Protocol 結成30周年のライブ。
ドラムの他、ギター、サックス、キーボード、ベースの編成である。
サイモンのドラムはツーバスにスネアが複数、タムは10発以上で、期待した通りの手数の多さだった。
ギターは26才とのことで、結成時には生まれていなかったはずだが、アラン・ホールズワースを彷彿させる速弾きを炸裂させていた。
すべての楽器で、超絶テクを楽しませてくれた。


キャラバン クラブチッタ 7/20(土)

​結成50周年記念の来日で、第一部と第二部に分けての演奏だった。
第一部は "In the Land of Grey and Pink" から長編の "Nine Feet Underground" を披露したが、演奏時間は1時間にも満たなかった。
演奏はしっかりしているものの、パイ・ヘイスティングスのボーカルの音程が安定せず、やはり中高年になってからのプログレはきついのであろうと感じるものがあった。



バナナラマ マイナビBLITZ赤坂 8/15(木)

​シヴォーンはいないものの、実に27年ぶりの来日。
8月10日のサマーソニック出演に先駆けた単独公演で、80年代のメガヒット曲を炸裂させた。
懸念されていたカラオケやクチパクではなくフルバンドで歌ったが、コーラスや振り付けは超テキトー。
しかも短い曲ばかりなので、15曲演奏しても70分くらいで終了してしまった。
まあ、こんなものだろう。


サマーソニック マリン・スタジアム & 幕張メッセ 8/16(金) - 17(土)

​例年は二日間だが、2020年はオリンピックにより開催がないため、2019年度は特別に3日間となった。
このうち16日と17日の2日間に参加。
16日はマリン・スタジアムでストラッツ、屋内でパスコード、マイケル・モンローの流れ。
パスコードは何の予備知識もなく流れで観ただけだったので、何かのアイドルグループかと舐めてたら、いきなりのデスボイスでたまげた。
デスメタル・アイドル・ユニットとでも言えばいいのか、いろいろ考えるものである。
この日のマイケル・モンローは10回くらい客席に飛び込んできて、大サービスであった。
翌17日は、ゼブラヘッド、マシンガン・ケリー、ダムド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズで、爆音大会。
ゼブラヘッドは、ギターが何故かヴァン・ヘイレン・モデル。
ステージでビール一気飲みしたうえ、「チンコチイサイ」とか意味不明な日本語を連発し、客にタオル振り回させたり中指立てさせたうえ、サークルピットを煽るなど傍若無人ぶりを発揮。
さらに〆はホイットニー・ヒューストンのクチパクで、あまりにもくだらな過ぎて正しいバカだった。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズは、言うまでもなく超ヤバい。
メンバー全員の上半身裸は、グランド・ファンク・レイルロードから引き継がれるアメリカン・ロックの正義である。

タル・ウィルケンフェルド ビルボード東京 8/28(水)

元々2018年にも来日が予定されていたが、本人が交通事故に遭ってキャンセルになってしまい、容態が心配されていた。
まずは無事に来日が実現し、何よりである。
バンドはギター、ドラム、キーボードを引き連れての4人編成。
一曲目にプレベでジャズ・ロックを展開した後は、スライドギターによるブルース、五弦ベースの弾き語り。
さらにプレべに戻ってのコード弾き、サイケなハードロックに加え、自らアコギを弾いて歌う曲も3曲披露。
良く言えばバリエーションの広さがあったが、ライブとしては散漫でもあったのは否めない。

リサ・ローブ ビルボード東京 9/4(水)

​5年ぶりの来日。
若い日本人男性のマルチ・プレイヤーがギター、ウクレレ、キーボードなどでサポートしたほかは、すべて本人のギター弾き語りだった。
MCの報告で、通常のライブ会場だけでなく政治集会やLGBTQパレードでも歌ってきたことを伝えていた。
こういう人が日本で存在し得るだろうか。


エグジット・ノース ビルボード東京 9/27(金)

​元ジャパンのスティーヴ・ジャンセンによるユニットの、世界に先駆けた初のライブ。
2018年にリリースされたアルバムを中心に、スティーヴのソロアルバムやレイン・ツリー・クローからの楽曲も演奏された。
ライブではゲストのダブルベースに、日本人4人のストリングスも加えた大所帯のバンドである。
ステージの背景には曲とリンクした映像作品も流し、実兄デヴィッド・シルヴィアンにも通じるアンビエントな世界を展開した。


ナイト・レンジャー 昭和女子大学人見記念講堂 10/7(月)

14回目にもなる来日。
東京では10月7日と8日分が完売となり、前倒しで5日に追加公演が行われた。
前半がファースト "Dawn Patrol"、後半がセカンド "Midnight Madness" の全曲再現となった。
まず一曲目の "Don't Tell Me You Love Me" でいきなりヒートアップし、最後は三々七拍子で終了。

シンディ・ローパー Bunkamuraオーチャードホール 10/11(金)

​4年ぶりの来日。
多くのメガヒット曲を炸裂させ、さらに新曲 "Hope" などが披露された。
客席に2回も飛び込んで歌う大サービスも見せてくれた。

ストラングラーズ 渋谷WWW 11/3(日)

​実に27年ぶりの来日。
初来日を観に行ったのは1979年の後楽園ホールだったので、個人的にも40年ぶりの再会である。
スタッフは全員ハチマキを締めていたが、なぜかプリントされている日本語は「溝鼠」だった。


カルメン・マキ&OZ クラブチッタ 11/23(土)

2018年に続き、2019年も45周年記念として全国ツアーをやってくれた。
チケットの争奪戦が激しく、立ち見しか取れなかったが、観ることができただけでもよい。
ドラムの武田治さんが70才になっており、カルメン・マキの「古希のメンバーもいるし、緩々やろうと思っても、そんな曲無いんだよ」とのMC。
最高である。
「崩壊の前日」、「六月の詩」 から始まり、「私は風」 まで惜しみなく演奏してくれた。
​​

ジェネレーション・アックス 豊洲PIT 11/29(金)

​トーシン・アバシ、ヌーノ・ベッテンコート、ザック・ワイルド、スティーヴ・ヴァイ、イングヴェイ・マルムスティーンが集まってのスーパー・ギタリストのユニット。
一曲目は全員でフォーカスの "Hocus Pocus" で開幕した。
続けて各ギタリストが30分ずつのソロを取り、3時間を超えるライブになった。
ザックは3回も客席に飛び込んで "Purple Haze"、"War Pigs"、"Still Got The Blues" などの名曲のカバーを披露した。

ポール・ギルバート 新宿ReNY 12/3(火)

​2017年の Mr. Big 以来の来日。
Mr. Big の時とは異なってスライド・バーを使いまくり、さらにMCで「今日俺のギターがリード・シンガーだ」と言うようにすべてインストで押し通した。
また数々の有名なカバー曲も、歌メロをギターで弾いて披露。
カンサスの "Carry On Wayward Son"、ヴァン・ヘイレンの "Runnin' With the Devil" など、さすがツボを押さえている。
レインボウのカバー "Still I'm Sad" の途中では、ドラムのバス・ペダルが壊れてもまったく動じず、ペダルが治るまでアドリブで場繋ぎするプロ根性を見せてくれた。
なお一曲ずつのキーがC#とかBmなどと解説していたのは、観客にギターを弾く人が多いことを考えての配慮なのだろう。


キッス 東京ドーム 12/11(水)

2015年以来4年ぶりの来日で、おそらくこれが最後と思われる。
ジーン・シモンズは70才、ポール・スタンレーも67才だが、相変わらず巨大な衣装や靴を装着し、ステージのトップや会場内の空中を飛び回った。
演奏時間も2時間半に達するもので、驚くべき体力である。
NHKのインタビューでジーンが「75才になってこんなことは無理だ」と語っていたが、その通りだろう。
なおアンコールでは、なんとYoshikiが参加し、彼のピアノで "Beth"、ドラムで "Rock'N Roll All Night" を演奏するサプライズがあった。

​岸谷香 ビルボード東京 12/28(土)

3年連続でライブ三昧の〆は岸谷香さん。
MCが楽しく、また来年も頑張ろうという元気を貰うことができる。
席の予約が難しくなってしまうので余り宣伝したくないのだが、心からお薦めできるライブである。

2020年もクイーン、グリーン・デイ、マイケル・シェンカー、ホワイトスネーク、ドリーム・シアター、ボブ・ディランなど、既に前半からビッグ・ネームの来日が目白押しとなっている。
夏にはオリンピックにもかかわらずフジロックが開催され、さらにサマーソニックに替わるスーパーソニックの開催も決まった。
一年後には再びライブのレポートができるように、とにかく足を運んでおきたいと思う。
]]>
<![CDATA[#新宿占拠0112]]>Fri, 20 Dec 2019 11:14:04 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/occupyshinjuku0112
画像

2020年、安倍政権を終わらせるために、みんなで新宿を埋め尽くしましょう。

日時:1月12日(日)13時集合 13時半出発
場所:新宿中央公園水の広場
参加梯団:
  • 渋谷プロテストレイヴ
  • 肉球新党
  • 怒りの可視化
(お好みの梯団にご参加ください)


なお東京だけではなく、全国同時多発です。

​大阪
]]>
<![CDATA[1970年  ロック黄金期の幕開け]]>Mon, 16 Dec 2019 15:00:00 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/1970
画像
Photo by Humphrey Muleba on Unsplash
いつの間にか21世紀も20年あまりが経過し、2020年になろうとしている。
ロック史上でエポックメイキングとなった1970年からちょうど半世紀である。
この年、不仲が伝えられていたビートルズからとうとうポール・マッカートニーが脱退し、遂にビートルズは解散してしまった。
そして年末近くになるとジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンが27才という若さで相次いで亡くなっている。
1960年代の終焉ともいうべき象徴的な出来事だ。
しかし解散したビートルズからはポール、ジョン、ジョージがソロ・アルバムを発表しており、またブラック・サバス、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイドらがアルバムをヒットさせている。
70年代ロック黄金期の始まりである。

世界情勢に目を向けると、アメリカによる北ベトナム爆撃再開やカンボジア介入で、インドシナ戦争が出口の見えない泥沼と化していた。
東欧では「プラハの春」が踏みにじられ事実上の終焉を迎えた一方、南米のチリで史上初の選挙によるアジェンデ社会主義政権が誕生している。
(なおアジェンデ社会主義政権は、CIAと結託した軍部ファシストの軍事攻撃を受け、1973年に崩壊してしまった。)
日本では、よど号ハイジャックや三島由紀夫割腹など衝撃的な事件があったものの、前年の東大・安田講堂陥落から学生運動が急速に収束し、大阪万博で浮かれる能天気な世相が蔓延し始めた。
その一方で沖縄では嘉手納がアメリカの軍事戦略拠点として固定化され、また米兵による女性轢殺が発火点となって、抑圧された沖縄の怒りがコザ暴動として炸裂した。
沖縄を日本とアメリカが踏みつける構図は、50年を経た現在もまったく変わっていない。

1/4  ビアフラ戦争が終結
1/28  バンド・オブ・ジプシーズ解散

2/2  エリック・クラプトンがデラニー&ボニーの全米ツアーに参加

2/7 ショッキング・ブルー「ヴィーナス」全米一位

2/14  スライ&ファミリー・ストーン「サンキュー/エブリボディ・イズ・ア・スター」全米一位二週

​2/28  S&G「明日に架ける橋」全米一位六週
3/1  アメリカ軍、嘉手納基地を新たな輸送戦略基地に決定
3/14 大阪万博開幕

​3/18 カンボジアのクーデターでロン・ノル将軍が実権掌握
3/31 よど号ハイジャック事件
4/1  マサチューセッツ州がベトナム戦争離脱を表明
4/1  映画「ウッドストック」公開
4/4  ジャニス・ジョプリンがニュー・ビッグ・ブラザース&ザ・ホールディング・カンパニーでライブ

​4/10  ポール・マッカートニーがビートルズ脱退、ビートルズ解散
4/11  ビートルズ「レット・イット・ビー」全米一位

​4/22  ベトナムのアメリカ軍15万人削減発表
4/30  アメリカ軍のカンボジア侵攻に対して全米で抗議デモ
5/1  アメリカ軍が北爆再開
5/4 ケント州立大学反戦デモで州兵が発砲し死者4人

5/9  ゲス・フー「アメリカン・ウーマン」全米一位三週

​5/16  CSN&Y 「デジャ・ヴ」全米一位
5/23  「マッカートニー」全米一位三週

​5/24  フリートウッド・マックからピーター・グリーン脱退
6/7  ニューヨークでロック・オペラ「トミー」開幕
6/14  デレク&ザ・ドミノスがロンドンで初のライブ
6/26 チェコスロバキア共産党、アレクサンドル・ドプチェク前第一書記など改革派幹部を除名し、プラハの春事実上終焉
7/11  スリー・ドッグ・ナイト「ママ・トールド・ミー」全米一位二週
7/18  ピンク・フロイドがハイド・パークで「原子心母」演奏

7/24  カーペンターズ「遥かなる影」全米一位四週

​7/26  ジミ・ヘンドリックス、故郷シアトルでの最後のライブ
8/6  広島原爆投下の日にジャニス・ジョプリンやポール・サイモンらがニューヨークで反戦ロック・フェス
8/8  「ブラッド、スウェット&ティアーズ3」全米一位二週
8/23  ヴェルヴェット・アンダー・グラウンドからルー・リード脱退
9/6  ジミ・ヘンドリックス、西ドイツで生前最後のライブ
9/13 大阪万博閉幕、延べ入場者数約6421万人
9/18  ジミ・ヘンドリックス死亡
10/4  ジャニス・ジョプリン死亡
10/8 アレクサンドル・ソルジェニーツィン、ノーベル文学賞受賞
10/10  ブラック・サバス「パラノイド」全英一位二週

​10/24 チリ大統領選で人民連合のサルバドール・アジェンデが当選し社会主義政権誕生
10/24  ピンク・フロイド「原子心母」全英一位

10/26  モハメッド・アリが再度世界チャンピオンに
10/31  レッド・ツェッペリン「III」全米一位四週

​11/3 サルバドール・アジェンデがチリ大統領に就任
11/12  ジム・モリスン最後となるドアーズのライブ
11/21  ジミ・ヘンドリックス「ヴードゥー・チャイル」全英一位
11/25 三島由紀夫、市ヶ谷の自衛隊駐屯地にて割腹自決

​12/11  ジョン・レノン「ジョンの魂」リリース

​12/20 コザ暴動
12/26  ジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード」全米一位

あの1970年から50年後の2020年、私たち日本人はオリンピックだのカジノだのと浮かれていられる状況にあるのだろうか。
50年前の音楽を聴きながら、この閉塞した社会にどうしたら風穴を開けることができるのか、考えてみたいものだ。
]]>
<![CDATA[2019年に亡くなったミュージシャン]]>Wed, 11 Dec 2019 15:00:00 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/rip_2019
画像
Photo by Kerri Shaver on Unsplash

​ロック・ミュージシャンの高齢化に伴い、亡くなる方が年々増えている。
たいへん悲しいことだが、こればかりは自然の摂理であり、どうすることもできない。
せめて故人となってしまった方々の記録を今年も残しておきたいと思う。(以下、敬称略)

1月28日 ポール・ウィアリー

ヘヴィ・メタルの元祖、ブルー・チアーのドラマー。
バンドが活躍していた60年代から2009年の活動終了まで、脱退と再加入を繰り返していた。
ドイツの自宅で心不全により死去。72才。

1月29日 ジェームス・イングラム

ボーカルとしてのみならず、プロデューサーとしても知られていた。
U.S.A. For Africa の "We Are the World" でも、その姿を見ることができる。
脳腫瘍。66才。

2月12日 ゲラルド・コェスター

ユーロ・ロック・マニアの間で知られているオランダのプログレ・バンド「アース・アンド・ファイアー」のオリジナル・メンバー。
なおファンクで有名な「アース・ウィンド・アンド・ファイアー」とは何の関係もない。
享年71才。

2月21日 ピーター・トーク

モンキーズでベースを担当。
1965年にオーディションで選ばれたメンバーの一人だった。
リード・ボーカルのデイビー・ジョーンズも2012年に鬼籍に入っている。
死因は癌とのこと。77才。

2月25日 マーク・ホリス

80年代に一世を風靡したニューロマンティック勢にカテゴライズされるトーク・トークのボーカル。
「急病」であったこと以外に死因は報じられていない。64才。

2月26日 アンディ・アンダーソン

1983年から1984年の間にザ・キュアーでドラマーを務めていたが、アルコールのトラブルでバンドを解雇されていた。
癌で死去。68才。

2月28日 ステファン・エリス 

80年代に "Eye Of The Tiger" をヒットさせたサバイバーのベーシスト。
1999年に脱退している。69才。

3月4日 キース・フリント

プロディジーのフロントマンだった。
地元エセックスの自宅で自殺しているところを発見された。
49才。

3月17日 内田裕也

1959年にデビューし、フラワー・トラベリン・バンドなどで活躍。
1973年からニュー・イヤーズ・ワールド・ロック・フェスティバルを開催し、若手からリスペクトされていた。
79才。

3月22日 スコット・ウォーカー

60年代にウォーカー・ブラザースとして多くのヒット曲を飛ばした。
後のデヴィッド・ボウイやレディオヘッドにも大きな影響を与えている。
76才。

3月26日 萩原健一

テンプターズやPYGなど、GSからポストGS時代のシーンを牽引。
「ショーケン」で知られる俳優でもあった。
消化管間質腫瘍にて死去。68才。

4月13日 ポール・レイモンド

UFOでギターとキーボードを担当し、バンドを支え続けてきた。
1978年のライブ・アルバム "Strangers In The Night" ではマイケル・シェンカーと共に脂の乗り切った演奏を聴かせてくれる。
心不全で死去。73才。

4月22日 デイヴ・サミュエルズ

80年代に活躍したフュージョン・グループのスパイロ・ジャイラのオリジナル・メンバーで、ヴィブラを担当していた。
死因は公表されていないが、長期にわたり療養中だった。
70才。

4月25日 遠藤ミチロウ

ザ・スターリンのボーカリストで、ステージから豚の臓物を投げるなどライブでの奇行が有名だった。
膵臓癌による長い闘病生活を経て亡くなった。
68才。

5月31日 ロッキー・エリクソン

1965年から1969年の間に活動したアメリカのサイケ・バンド、13thフロア・エレベーターズのフロントマン。
パンクやグランジ・シーンにも影響を与えている。
ドラッグで心を壊して長期入院し、健康状態の悪化に生涯苦しめられていた。
71才。

6月6日 ドクター・ジョン

ニューオリンズを拠点にしたスワンプ・ミュージックの教組。
1972年の "Dr. John's Gumbo" で高い評価を受けたほか、ローリング・ストーンズなど多くのミュージシャンとの共演を果たしている。
心臓発作により77才で他界。

6月29日 ゲイリー・ダンカン

西海岸を代表するサイケデリック・バンド、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスのギタリスト。
80年代以降も自らのバンドを率いて、サンフランシスコのミュージック・シーンを牽引していた。
合併症で死去。72才。

8月1日 ナイジェル・ベンジャミン

1974年にモット・ザ・フープルから脱退したイアン・ハンターの後を継いで、ボーカルとして加入した。
​バンド名をモットに変更し再生を図るものの、1977年に脱退している。
心不全。64才。

8月19日 ラリー・テイラー

アメリカのブルース・ロック・バンド、キャンド・ヒートで1967年からベースを担当していた。
ウッドストックやモンタレーなどの巨大なフェスで演奏している。
10年以上にわたる癌との闘病の末に死去。77才。

9月13日 エディ・マネー

1978年にデビューし、80年代にかけて "Take Me Home Tonight" などのヒット曲を飛ばした。
2019年4月、テレビ番組でステージ4の食道癌であることを明かしていた。
70才。

9月15日 リック・オケイセック

カーズのボーカルで、楽曲のほとんどの作詞・作曲を行っていた。
80年代に盛り上がったMTVに合う独特のビデオを展開し、数々のヒット曲を放っている。
ニューヨークのアパートで亡くなっているところを発見された。
循環器障害。75才。

9月20日 ヨンリコ・スコット

デレク・トラックス・バンドにドラマーとして1995年に参加。
モータウン系のセッション・ドラマーとしても活躍し、ソロ・アルバムも3枚残している。
死因は明らかにされていない。63才。

10月6日 ラリー・ヤンストロム

レーナード・スキナードのオリジナル・メンバーで、38スペシャルでもベースを弾いていた。
2014年に手術を要する大怪我を負って以来、引退していた。
70才。

10月6日 ジンジャー・ベイカー

言わずと知れたクリームのドラマー。
クリーム解散後は、ワールド・ミュージックやジャズなど多方面にわたって活躍し、死の直前まで音楽活動を積極的に続けていた。
心不全。80才。

10月12日 モーリー・ダンカン

アヴェレージ・ホワイト・バンドの創設メンバーで、1982年までテナーを吹いていた。
またセッション・ミュージシャンとしても、レイ・チャールズやマーヴィン・ゲイなどのアルバム、ライブに数多く参加している。
癌で死去。74才。

10月26日 ポール・バレア

リトル・フィートのギタリストとしてローウェル・ジョージと共にバンドを支え、ファンキーな曲作りに貢献してきた。
ローウェルの死後もリトル・フィートとしてバンドを続けていた。
肝臓癌。71才

11月2日 バート・ウォルシュ

1999年からデヴィッド・リー・ロスのバンドでリード・ギターを弾いており、ポイズンやモトリー・クルーのメンバーとも親交があった。
癌を患っていたが、消化管出血と脱水が直接の死因となった。
56才。

12月9日 マリー・フレデリクソン

スウェーデン出身のデュオ、ロクセットの女性ボーカル。
"Listen To Your Heart" をはじめ、80年代に全米チャート一位や二位となるヒット曲をいくつも放った。
2002年に脳腫瘍を患い、順調に回復していると伝えられていたが、癌で死去。
61才。


​ベテラン勢では年齢が既に70代半ばを超えているケースも多い。
長年ファンだったミュージシャンの訃報に接するのは非常にきつい。
​もはや心の準備をしておくしかないのだろうか。
​合掌。
]]>
<![CDATA[自民党国会議員による「桜を見る会」以外の不祥事 2019年度版]]>Thu, 05 Dec 2019 15:00:00 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/ldp2019
画像
Photo by Federico Lancellotti on Unsplash

2019年は、安倍晋三らの「桜を見る会」での不正行為で記憶される年になるだろう。
しかしこの一年間の自民党による悪事は、「桜を見る会」関連だけにとどまらない。
有権者への贈賄、そして暴行や準強制性交など、れっきとした犯罪行為が堂々と繰り返されてきた一年でもあった。
ここではこの一年間の自民党の国会議員による不祥事を列挙してみたい。
だがこれらは、あくまでも発覚したものだけであり、また国会議員に絞られている氷山の一角に過ぎないことに留意いただきたい。
未だ隠蔽されているもの(実際「桜を見る会」の不正は何年も見過ごされてきた)や、地方議員による不祥事も含めれば、とてもこんな分量では済まないはずだ。

2月

田畑毅衆院議員、準強制性交の疑いで告訴され辞職
田畑毅衆院議員(46)が衆院に議員辞職願を提出した。元交際相手の女性が準強制性交の疑いで愛知県警に告訴状を提出したことを受け、自民党を離党していたが、辞職に追い込まれた。
女性は昨年十二月の田畑氏との飲酒を伴う会食後、自宅で就寝中に乱暴されたとする告訴状を愛知県警に提出。田畑氏の携帯電話に女性の裸の画像が保存されていたとして、軽犯罪法違反容疑でも被害届を出した。二十八日発売の週刊誌でも女子高校生への淫行疑惑が報じられるもようだ。

4月

桜田義孝五輪相、「復興以上に議員大事」と失言し辞任
桜田氏は十日夜、東京都内での高橋比奈子衆院議員のパーティーであいさつし「復興以上に大事なのは高橋さんだ」と述べた。その後、官邸を訪れて首相に辞表を提出し、受理された。記者団に「被災者の気持ちを傷つけるような発言をして申し訳ない」と陳謝した。
数々の失言を重ねてきた桜田義孝五輪担当相が10日、ついに辞任に追い込まれた。新元号と新紙幣の相次ぐ発表による政権浮揚効果は完全に吹き飛んだ。

5月

桜田義孝前五輪相、「子供最低3人くらい産むように」発言で大炎上
桜田義孝前五輪相が、また我々市民の心を踏みにじるような、許しがたい発言をした。29日に千葉市市内で開かれた猪口邦子元少子化担当相のパーティーにて少子化問題に言及し「お子さんやお孫さんにぜひ、子どもを最低3人くらい産むようにお願いしてもらいたい」と来場者に呼び掛けたのだ。同会合では彼は「結婚しなくていいという女性がみるみる増えちゃった」とも発言したという。
なぜ結婚・出産ができない社会になりつつあるのか.... 脳みそついてないの?

6月

大塚高司防災担当副大臣、周囲の制止にもかかわらず新潟・山形地震直後もホステスと飲酒
6月18日夜10時22分頃、最大震度6強を観測した新潟・山形地震。その発生直後、防災担当の国交副大臣・大塚高司衆院議員(54)が、周囲の制止にもかかわらず、赤坂の老舗クラブでホステスらと飲み続けていた。
国交省によると、震度6以上の地震が起きた場合、3段階ある警戒態勢のうち最高レベルの「非常態勢」をとり、災害対策本部を立ち上げて事務次官以下、関係幹部が集まることになっている。

7月

石崎徹衆院議員が秘書に「死ね」パワハラで雲隠れ
石崎徹衆院議員(35)が、自身に暴行を受けたとして30代の男性秘書に被害届を出された問題を受けて行われた同党新潟県連の聴取に対し、パワハラがあったと認めたことが分かった。
“死ねお前”“バカが”魔の3回生「石崎徹」代議士のパワハラ音声

デイリー新潮
石崎氏の秘書を務めていた30代の男性が、今年5月に石崎氏から複数回にわたり殴る蹴るの暴行を受けたとして、6月以降に複数回にわたって新潟県警に被害届を提出。

9月

上野宏史前厚労政務官、派遣会社に口利き疑惑、さらにライバル議員のポスター破壊
外国人在留資格を巡る口利き疑惑により、厚生労働政務官を辞任した自民党の上野宏史衆院議員(48)。
上野氏の疑惑は、人材派遣会社「ネオキャリア」が派遣する外国人の在留資格について、法務省に少しでも早く許可が出るよう口利きすることで、同社からカネを得ようと画策したもの。
外国人在留資格を巡る口利き疑惑により、厚生労働政務官を辞任した自民党の上野宏史衆院議員が、同じ群馬を地盤とする中曽根康隆衆院議員のポスターを損壊していたことがわかった。

10月

菅原一秀経産相、支援者の葬儀に秘書が香典を持参し辞任
10月25日午前、菅原一秀経済産業大臣(57)が辞表を提出した。菅原大臣をめぐっては、地元有権者へのメロンやカニなどの贈答、そして支援者の葬儀に秘書が香典を持参していたことを「週刊文春」が報じていた。
河井克行法相、妻陣営の公職選挙法違反疑惑で辞任
週刊文春は30日、広島選挙区から立候補した案里氏の陣営が、選挙カーから名前などを連呼する運動員13人に対し、公職選挙法で定められた日当の上限額1万5千円を超える3万円を報酬として支払ったなどと報じた。

​なお菅原一秀、河井克行・案里の三人は国会からバックれたまま、12月になっても説明責任を果たしていない。
「政治とカネ」をめぐる疑惑で辞任した菅原一秀前経済産業相と河井克行前法相に対し、与野党からは5日、説明責任を果たすよう求める声が相次いだ。
1か月以上、国会に姿を現さず疑惑についての説明もない。菅原一秀前経産相、本人の姿をとらえ直撃した。
自民党に所属する河井案里参院議員、夫の河井克行衆院議員、菅原一秀衆院議員の3人の国会議員。週刊誌などで報道された疑惑について「説明責任を果たす」としながら、長い間、国会を欠席し続けています。本当に説明する考えはあるのでしょうか。
河井夫妻には給与に当たる歳費がそれぞれ毎月およそ129万円、また、来週10日にはボーナスに当たる期末手当が案里氏におよそ194万円、克行氏におよそ323万円支給されます。
萩生田文科相、受験「身の丈」発言を陳謝
「裕福な家庭は回数受けてウオーミングアップできることはもしかしたらあるかもしれないが、そこは身の丈に合わせて、二回を選んできちんと勝負して頑張ってもらえば」などと発言。インターネット上などで高校生らの反発を招いた。

11月

また私物化疑惑…安倍首相「等身大パネル」選挙区内に設置
安倍首相のお膝元で、新たな公選法違反と公金私物化の疑惑が浮上した。総理大臣の在職日数が歴代最長となったのを記念して下関市内の複数箇所に設置された安倍首相の等身大パネルのことだ。
総務省選挙課によると、設置するには地元の選管が交付する証票も必要だ。つまり、在職日数が歴代最長だろうが、そうでなかろうが、政治家が選挙区内に自分の顔写真を使った等身大パネルを好き勝手に置いて「宣伝活動」をしてはいけないのだ。
江藤拓農林水産大臣、松下新平参議院議員、長峯誠参議院議員が、宮崎県職員に政治資金パーティーを手伝わせる
東京都内であった宮崎県選出の松下新平参院議員(53)の政治資金パーティーで、県東京事務所の職員4人が受け付けや会場誘導を手伝っていたことが26日、わかった。議員側から頼まれたという。
県東京事務所によると、松下氏側から秘書を通して約1週間前に県東京事務所の課長に要請があり、課長1人と主査3人の計4人が会場入り口で受け付けや案内役を担ったという。
地方公務員法は、特定の政党や団体を支持する目的の自治体職員による政治的な行為を禁止しています。

12月

だまされる人間が悪い? 衛藤消費者担当相の暴言が大炎上
この男は消費者庁の仕事が「消費者の保護」であることすらわからないのか? 衛藤晟一消費者担当相が、悪質なマルチ商法で多数の被害者を出した「ジャパンライフ」の元会長が安倍晋三首相主催の「桜を見る会」の招待状を顧客勧誘に悪用していたとされる問題で、「だまされる人間が悪い」と言わんばかりの暴言だ。
萩生田文科相も公選法違反?!「桜を見る会」疑惑と同じ構造
グラウンドゴルフ大会などの赤字補填分が公選法に違反する疑い。
「赤字で有権者を接待する“常習犯”であり、そうして後援会の会員をつなぎ留めていると言えます」
萩生田文科相の口利きで、都有地を特定の少年野球チームが独占的に使用
「萩生田大臣からのオーダーを実現するために、市役所が知恵を絞っておかしな形態をとったのでしょう」(地元に詳しい政界関係者)
であれば、行政を歪め、食い物にしたと批判されても仕方がないだろう。
小泉進次郎環境相 “幽霊会社”に高額発注で政治資金4300万円を支出
「ポスター1200枚であればせいぜい30~40万円が相場です。腕のいいデザイナーを使って高く見積もっても70~80万円。
なぜ小泉事務所は幽霊会社にわざわざ相場より高い値段で発注しているのか。
​もしかしたら、発注額のうち何割かをキックバックされている可能性もあるのでは」
IR事業を巡る贈収賄で衆議院議員・秋元司を逮捕
カジノを含むIR(統合型リゾート)担当の副大臣などを務めた自民党の秋元司衆議院議員(48)を東京地検特捜部は収賄の疑いで25日午前に逮捕しました。
民進党(当時)などの反対を押し切って法案の採決を強行した衆院内閣委員会で、委員長を務めていたのが秋元だった。
秋元司逮捕に絡み、白須賀貴樹と勝沼栄明の事務所もガサ入れ
東京地検特捜部が関係先として千葉県印西市にある自民党の白須賀貴樹衆議院議員の事務所を捜索したことが関係者への取材で分かりました。
衆院議員秋元司容疑者が収賄容疑で逮捕された事件に絡み、東京地検特捜部は25日、宮城県石巻市にある自民党の勝沼栄明前衆院議員の事務所を家宅捜索した。

こうした自民党の国会議員による不祥事に関する総括は、牧原出・東京大学先端科学技術研究センター教授の言葉をお借りしておきたい。
一つ一つは小さな綻びのように見えなくもない。だが、これら一連の不祥事は一つの線で結びついている。すなわち、長期政権が政権のまわりにいる一部の「サークル」へ利益供与を続けた結果、もはや国全体を見渡せなくなっているという実態である。
こんな状況で沈黙を続けるのは、彼らの悪事に加担することでしかない。
腐敗し切った自民党政権に対し、いまこそ多くの市民から「NO!!」の声を突き付けよう。
]]>
<![CDATA[エリック・クラプトンの人種差別発言]]>Sat, 30 Nov 2019 08:48:02 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/clapton_racism
画像
Photo by ev on Unsplash

クラッシュやスティール・パルスらがコミットし、1970年代から80年代にかけて展開された反人種差別の運動 “Rock Against Racism” について調べていく中で、発端となった1976年のエリック・クラプトンによる差別発言に辿り着いた。

エリック・クラプトンが人種差別発言を行ったということを薄々知ってはいたが、この機会に発言の原文を読んでみたところ、吐き気を催す酷いものであった。
私自身は40年以上にわたって彼のファンであり続け、当ブログでも「エリック・クラプトン 70年代の武道館セットリスト」を書き起こすなどしている。
しかしこの差別発言に関してあまりにも無知かつ無自覚であったと猛省するしかなかったので、その内容を記録しておくことにした。

エリック・クラプトンがライブ会場のMCで露骨な人種差別発言を行ったのは、1976年のイギリス・バーミンガムでのことだった。
事の一部始終は書籍「ロック・クロニカル 現代史のなかのロックンロール」(広田寛治著 河出書房新社)に詳しいので引用させていただく。
76年9月、バーミンガムで開かれたエリック・クラプトンのコンサートで、時間が凍りついてしまったかのような奇妙な静寂の時が流れたという。
クラプトンがMCで「エノックは正しいんだ。ウォッグスを送り返して、英国を白人だけのものにするべきだ」と発言したのだ。
エノックとはイギリスで有名な極右政治家エノック・パウエルのことで、彼は移民を停止し本国に送還するための法律を推進する中心人物として活動し、人種差別撤廃を主張する人々からやり玉にあげられていた人物だった。
​そして、「ウォグス」というのはイギリスでは黒人を侮辱する言葉だった。
この時の実際の発言そのものは様々な報道やサイトで断片的に掲載されており、またFacebookグループのComunidade Cultura e Arte がそれらを取りまとめている。
この中に出てくるwogsやcoonなどの差別語は、現在の欧米の報道ではwxxx、cxxxなどとマスクされるものであるが、ここでは敢えてそのまま引用しておく。
Do we have any foreigners in the audience tonight?
If so, please put up your hands.
Wogs I mean, I'm looking at you.
Where are you?
I'm sorry but some fucking wog...Arab grabbed my wife's bum, you know?
Surely got to be said, yeah this is what all the fucking foreigners and wogs over here are like, just disgusting, that's just the truth, yeah.
So where are you?
Well wherever you all are, I think you should all just leave.
Not just leave the hall, leave our country.
You fucking (indecipherable). I don't want you here, in the room or in my country.
Listen to me, man!
I think we should vote for Enoch Powell.
Enoch's our man.
I think Enoch's right, I think we should send them all back.
Stop Britain from becoming a black colony.
Get the foreigners out.
Get the wogs out.
Get the coons out.
Keep Britain white.
I used to be into dope, now I'm into racism.
It's much heavier, man.
Fucking wogs, man.
Fucking Saudis taking over London.
Bastard wogs.
Britain is becoming overcrowded and Enoch will stop it and send them all back.
The black wogs and coons and Arabs and fucking Jamaicans and fucking (indecipherable) don't belong here, we don't want them here.
This is England, this is a white country, we don't want any black wogs and coons living here.
We need to make clear to them they are not welcome.
England is for white people, man.
We are a white country.
I don't want fucking wogs living next to me with their standards.
This is Great Britain, a white country, what is happening to us, for fuck's sake?
We need to vote for Enoch Powell, he's a great man, speaking truth.
Vote for Enoch, he's our man, he's on our side, he'll look after us.
I want all of you here to vote for Enoch, support him, he's on our side.
Enoch for Prime Minister!
Throw the wogs out!
​Keep Britain white!
あまりにも酷い内容なのでとても全文翻訳する気にはなれないが、ざっくり要約するとこんな塩梅だ。

「この会場に外国人のクソ野郎はいるか?いるなら出ていけ。会場だけじゃない、国からもだ。よく聞け。エノック・パウエルに投票しろ。黒人やアラブ人やジャマイカ人は出ていけ。イギリスは白人のための白人の国だ。」

言うまでもなく、エリック・クラプトンはブルースでキャリアを開拓し、この発言の数年前にレゲエで復活を遂げた人物である。
その彼が黒人やジャマイカ人を差別し罵倒するとは。
さらに驚くべきことに、エリック・クラプトンはこの年、ボブ・マーリーのライブを観に行き、またフレディ・キングとセッションを行った記録が残っているのである。
1977年に発刊された写真集「エリック・クラプトン」(新興楽譜出版社)の巻末の年表には、次のような記載がある。
1976/5/25
パティと連れ立ってロスアンゼルスのロキシー・シアターで開かれたボブ・マーリー&ウェイラーズのコンサートを見に出かける。

1976/7/31
​クリスタル・パレスで開かれた「第9回ガーデン・パーティー」と銘打ったフェスティバルに出演する。
エリックは自分のバンドの演奏の他、フレディ・キング、ロン・ウッド、ラリー・コリエルとブルース・セッションで白熱のジャムを展開、観客の大喝采を浴びた。
当然ながらこの後、エリック・クラプトンは人種差別発言を生涯にわたって非難されることになった。
2017年に伝記映画 “Life in 12 bars” (邦題「エリック・クラプトン~12小節の人生~」)が制作されたが、この映画に関するメディアとのQ&Aセッションでも、1976年の人種差別発言について質問されている。
ローリングストーン誌に掲載されたエリック・クラプトンの発言は次のようなものだった。
根拠もなく半人種差別主義者のようだった。
友人の半数は黒人で、僕は黒人音楽のファンであり継承者でもある。
​でもボトルを持っている間は、そういうことをすっかり忘れてしまっていた…
一応反省の弁は見せているが、発言の前半は文字通り差別主義者の典型的な言い訳 “I have a black friend” である。
​本当に反省しているのか、疑問に思わざるを得ない。
また差別発言をアルコールのせいにしているが、酔っているときほど本音が出やすいものではないのだろうか。

残念ながら “Rock Against Racism” を経ても、ロック・ミュージシャンによる人種差別発言が止むことはなかった。
近年ではモリッシーが差別主義者になってしまったことで知られている。
例えば2016年8月、モスリム系として初のロンドン市長となったサディク・カーン氏についてモリッシーは「ハラルを食ってる野郎が早口で話すからさっぱりわからねえ」と発言している。

また本邦でも最近、小沢健二が次のようなツイートを残している。​

​「圧死笑」。何なんだ。
​いい加減にしてもらいたい。
再び「ロック・クロニカル 現代史のなかのロックンロール」から引用しておく。
歴史的にみれば、自国の植民地支配を正当化し、偏狭な愛国主義をテコに失業問題を人種差別の理由にする考え方こそが、世界中で差別を生み出してきた原因であったのだ。
​パンク・ムーブメントが批判していたのはまさにこうした安易な愛国主義に走る保守的な体制に寄り添うロックに対してのものだった。
]]>
<![CDATA[1972年 レッド・ツェッペリン最後の来日6日間の音源]]>Fri, 22 Nov 2019 13:08:34 GMThttp://naomikubota.tokyo/blog/led_zeppelin_1972
画像
Photo by Su San Lee on Unsplash

1971年に不朽の名盤 "Led Zeppelin IV" をリリースして大きな評価を獲得したレッド・ツェッペリンは、翌1972年1月から "Houses of the Holy" のレコーディングを開始する。
2月に入るとオーストラリアやニュージーランドのツアーでいったんレコーディングを中断するが、5月には作業を完了させ、続けて大規模な北米ツアーに再び乗り出した。
そして10月、レッド・ツェッペリンは2度目にして最後となる再来日を果たす。
前年のライブは東京、大阪、広島で行われたが、この年は東京、大阪と名古屋、京都の四箇所になった。
これら日本での全音源を含め、1972年のライブをブートで追いかけてみたい。
なお、1969年から1971年の音源は、下記のリストを参照いただければと思う。
また今回も詳細な情報は、ledzeppelin.com を参照させていただいた。

2月16日、レッド・ツェッペリンはオーストラリア西部のパースに上陸した。
その後20日、第二の都市メルボルンでライブを決行している。
セットリストは前年とほぼ同様に "Immigrant Song" で始まり、アルバム "I" から "IV" までまんべんなく取り上げられたものとなっている。

​2月25日はニュージーランドのオークランド。
ここでは "III" からのアコースティックセットが組まれている。

​2月27日、オーストラリアへ戻り、最大の都市シドニーでのライブとなる。
ブート音源は残念ながら出だしの "Immigrant Song" と "Heartbreaker" の二曲が欠けてしまっている。
この日は久しぶりにジョン・ポール・ジョーンズのオルガンを中心にした "Thank You" で〆られた。

ブリスベーンでの2月29日のライブで、オーストラリアとニュージーランドでのツアーは終了した。

5月は27日のアムステルダムと28日のブリュッセルの2箇所だけのヨーロッパ公演が行われた。
いずれもオーストラリアでのセットリストに近いが、"Rock and Roll" が新たに加わっているところに注目したい。

​そして6月6日、デトロイトを皮切りにいよいよ北米ツアーの幕が開けた。
この日初めて最後の曲が "Rock and Roll" となった。


​6月7日のモントリオールでは、 "Rock and Roll" に続けて "Thank You" が演奏されている。

6月9日のシャルロットと6月11日のボルティモアの〆は "Rock and Roll" から "Communication Breakdown" への流れ。



6月15日、ニューヨーク州ユニオンデールでのセットリストからは "Rock and Roll" がなぜか消えてしまった。


シアトルでは6月18日と19日で二日間連続のライブが行われている。
18日は元々バンクーバーで予定されていたものだったが、バンクーバー市当局の許可が下りず急遽シアトルに変更となった。
18日の演奏は短めになっているが、打って変わって19日は3時間以上にも及ぶ長丁場のライブになり、"Rock and Roll" から "Thank You" などを挟んで "Dancing Day" で終わるという凄まじいセットリストだった。


22日のサン・ベルナルディノからカリフォルニア入りしてからは、連日 "Rock and Roll" で〆る壮絶なライブを展開している。


​25日のロサンゼルスでは、ライブは3時間に及んだ。

なお27日のロング・ビーチでの音源の一部は、正式なライブ盤 "How The West Was Won" で聴くことができる。

そして北米ツアーは28日のアリゾナ州タスコンが最終日となった。

北米ツアーからおよそ3か月後の10月2日、遂にレッド・ツェッペリン2度目の来日が武道館で開幕した。
驚くことに、北米ツアーとは変わって先頭の曲が "Rock and Roll" になり、さらに "Houses of the Holy" からふんだんに演奏されることになっている。
これは映画「永遠の歌 "The Song Remains The Same"」で観ることができるマディソン・スクエア・ガーデンでのセットリストの原型と言っていいだろう。
  1. Rock and Roll
  2. Over the Hills and Far Away
  3. Black Dog
  4. Misty Mountain Hop
  5. Since I've Been Loving You
  6. Dancing Days
  7. Bron-Y-Aur Stomp
  8. The Song Remains the Same
  9. Rain Song
  10. Dazed and Confused
  11. Stairway to Heaven
  12. Whole Lotta Love
  13. Heartbreaker
  14. Immigrant Song
  15. Communication Breakdown



翌3日の武道館二日目は "The Crunge" と "The Ocean" が演奏された。
初日と併せると "Houses of the Holy" の曲がほぼすべて披露されたことになる。

​4日は大阪フェスティバル・ホール。
セットリストは武道館初日とほぼ同じ。

5日にいったん名古屋へ移動。
名古屋市公会堂では東京や大阪では演奏されなかった "Thank You" が〆となった。

3日間の休みを挟んで、大阪二回目の10月9日。
セットリスト自体は4日のものと大きな変わりはないが、"Whole Lotta Love" のメドレーが30分に達する長さとなった。


​10月10日、来日最終日の京都。
そしてこれが最後の日本でのライブとなった。
キャパの小さい京都会館なので、行かれた方は間近で観ることができたのではないだろうか。


二度目の来日を果たしたレッド・ツェッペリンは、11月末にスイスのモントルーにて二回演奏し、続けて全英ツアーを開始する。
12月3日のグラスゴーや8日のマンチェスターでは、日本でのセットリストとほぼ同様の構成で演奏された。



​20日、ブライトンでは "Heartbreaker" で〆るという変則的な形になっている。

​12月22日と23日、ロンドンのアレクサンドラ・パレスでのライブ。


​この日を最後に、1972年のレッド・ツェッペリンのツアーは終了する。
]]>