3年ぶりに来日したエリック・クラプトンが、4月13日を皮切りに連日にわたって武道館でのライブを続けている。 セットリストは基本的に変わっていないが、二日目以降は初日に無かった "High Time We Went" をアンコールで演奏しているようだ。 エリックと武道館の縁は深く、初来日公演を武道館で行ったほか、1979年の演奏はライブ・アルバム "Just One Night" として残してもいる。 ここでは Setlist.fm に掲載されている情報を基に、初来日を含む70年代の武道館でのセットリストを振り返ってみたい。 1974年 この年、アルバム "461 Ocean Boulevard" で復活を遂げたエリックが、初来日を果たした。 10月31日からの3日間の武道館公演で始まり、続けて大阪で2日間行われている。 1974年10月31日 1974年11月1日 1974年11月2日 セットリストは連日大きく変わり、アンコールも初日の "Layla" から "Little Wing"、"Blues Power" と入れ替えになっている。 なお、この頃頻繁に演奏されていた "Smile" は当時のアルバムには未収録だったが、後年ライブアルバム "Live In The Seventies" や "461 Ocean Boulevard" デラックス・エディションに記録されている。 また "461 Ocean Boulevard" に続くアルバム "There's One in Every Crowd" のレコーディング直後のタイミングであったため、アルバム発売に先駆けて収録曲 "Singing the Blues" や "Little Rachel" も披露された。 なにしろ長期のドラッグ中毒療養から復活しての初来日だったため、ミュージック・ライフなどの音楽誌が激しく盛り上がっていたことを記憶しているが、私自身はまだ中学2年であったため、残念ながら初来日を見届けることはできなかった。 1975年 初来日からちょうど一年後、再び武道館にて来日公演が開始された。 1975年11月1日 1975月11月2日 この年のセットリストも、二日間で大きく変更されている。 また私自身にとっても初めてのエリック・クラプトンのライブとなり、その後40年以上にわたってほぼ皆勤賞で観続けるきっかけにもなった。 詳細な記憶は既に失っているが、"Farther On Up the Road" で盛り上がったような気もするので、おそらく11月2日に観に行ったのだろう。 当時のバンドには女性コーラスでイヴォンヌ・エリマンとマーシー・レヴィーが参加していたが、マーシーに自身の曲 "Teach Me to Be Your Woman" を歌わせている。 今回の来日でもバンドのメンバーのためにそれぞれソロの見せ場を作っているが、この頃からそうした配慮が成されているのが興味深い。 1977年 1976年の "No Reason to Cry" の発売後で、名作 "Slowhand" のリリースを控えたタイミングでの来日となった。 武道館での演奏は10月6日と7日の二日間行われているが、残念ながら6日分の記録が残っていない。 1977年10月7日 この年の公演で覚えているのは、開始が予定より一時間以上も遅れたうえ、エリックが明らかに泥酔している様子だったことだ。 ニューアルバム "Slowhand" から "Cocaine" が披露されているが、再度アルコールなどの問題を抱えることになっていたのは皮肉である。 1979年 2年を経て、4回目の来日公演、二日連続の武道館となった。 セットリストは両日とも同じものである。 1979年12月3日、4日 この年、エリックはバンド・メンバー全員をイギリス人に替えており、新たなラインナップでの初めての来日であった。 また前述したように、12月3日分の演奏は、ライブアルバム "Just One Night" として翌1980年にリリースされている。 アルバムの曲順は、実際の演奏のセットリストから大きく逸脱はしていない。 自分がその場にいたライブがアルバムとして残るという貴重な体験をしたのは、後にも先にもこの一回きりである。 エリック・クラプトンは80年代以降も頻繁に来日を続けており、武道館で収まりきらなくなった時期には東京ドームや横浜アリーナなどを会場にしている。
歌もので売れていた頃、隣の席のカップルが「クラプトンってギターもうまいのね」などと話しているのを聞いて、倒れそうになったこともあった。 ともあれ、ポール・マッカートニーやジェフ・ベックなどと共に、未だ現役感バリバリでライブを続けている貴重なミュージシャンである。
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