久保田直己 不撤不散
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40年前の研究論文を調べてみた

8/10/2026

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今年は、私が東京大学大学院で化学の研究に取り組んで修士号をいただいた1985年からおよそ40年になる。大学卒業後は化学とはまったく異なるIT業界に進んだため、当時の研究を振り返る機会はほとんどなかった。
ところが最近、ふと思い立って、大学時代に発表した論文がその後どうなったのか調べてみることにした。
今では学術論文の情報がインターネット上で検索できるうえ、AIを使って関連する文献を探すこともできる。40年前には想像もできなかった環境である。
調べてみると、なかなか興味深いことが分かってきた。

1986年に発表した論文

今回調べたのは、1986年に日本化学会の英文誌 Chemistry Letters に掲載された次の論文である。

New Chiral Stationary Phases for the High-performance Liquid Chromatographic Resolution of Enantiomers
Kazuhiko Saigo, Yun Chen, Naomi Kubota, Kouzou Tachibana, Noriyuki Yonezawa, Masaki Hasegawa
Chemistry Letters, 1986, pp.515–518
https://doi.org/10.1246/cl.1986.515

タイトルを日本語にすると「鏡像異性体の高速液体クロマトグラフィー分離のための新しいキラル固定相」といったところだろうか。
化学に馴染みのない方には少々分かりにくいので、簡単に説明しておく。
私たちの左右の手は、鏡に映したような関係にあるが、どのように重ねても完全には一致しない。分子にも同じような関係にあるものが存在し、これを鏡像異性体(エナンチオマー)という。
構成する原子や結合が同じでも、立体的な配置が異なるため、生体内での作用などが大きく違うことがある。
こうした分子を分離するために、光学活性な高分子材料を合成し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)という分析・分離装置に利用するのが、当時の研究テーマだった。
私たちが研究していたのは、光学活性ポリアミドという高分子である。これを固定相として使用し、複数の鏡像異性体を分離できることを報告した。
今になって論文を読み返すと、当時は毎日のように実験室に通い、合成した化合物の分析結果に一喜一憂していたことを思い出す。

実は特許も出願していた

今回の調査でもう一つ分かったのが、研究成果について特許出願が行われていたことである。
手元に残っていた公開特許公報を確認すると、次のような記録がある。
発明の名称:光学活性ポリアミド
  • 公開番号:特開昭61-213220
  • 出願番号:特願昭60-56562
  • 出願日:1985年3月20日
  • 公開日:1986年9月22日
  • 発明者:長谷川正木、西郷和彦、久保田直己、橘浩三
論文が発表された1986年よりも前、1985年3月に特許出願が行われていたことになる。
当時は研究そのものに集中していたため、知的財産としての位置づけを深く意識していたわけではなかった。
ちなみに、現在は行政書士として仕事をしており、著作権などの知的財産制度にも改めて関心を持っている。40年前に自分が発明者として特許公報に名前を連ねていたことを、今になって見直すというのも妙な巡り合わせである。
なお、今回確認したのは公開特許公報であり、特許権として登録されたかどうかについては、まだ調査できていない。

その後の研究で引用されていた

さて、今回一番興味があったのは、私たちの研究がその後どのように扱われていたのかという点である。
学術論文では、過去の研究成果を参考にした場合、参考文献として引用する。引用されていることが必ずしも研究の重要性を示すわけではないが、少なくとも後の研究者がその論文を参照したことは分かる。
AIを利用して調べてみると、1991年の Polymer Journal に掲載された論文で、私たちの研究が引用されていた。

Chromatographic Optical Resolution of Enantiomers on Polyamides Containing 1,2-Disubstituted Cyclohexane Moiety as a Chiral Residue
https://www.nature.com/articles/pj1991144

こちらも光学活性ポリアミドを利用したクロマトグラフィーによる光学分割の研究である。
研究内容に共通する部分が多く、当時取り組んでいたテーマがその後も研究されていたことが分かる。
さらに、Tröger's baseという特徴的な分子に関連する研究でも、私たちの論文が参考文献に挙げられていることが分かった。
もっとも、引用されているからといって、私たちの研究成果がそのまま利用されたとは限らない。その点は区別して考える必要がある。

18年後の総説にも引用されていた

今回、特に嬉しかったのは、2004年に発表された総説論文にも引用されていたことである。

Optically Active Polymers for Chiral Separation
Chiyo Yamamoto, Yoshio Okamoto
Bulletin of the Chemical Society of Japan, 77, 227–257 (2004)
https://doi.org/10.1246/bcsj.77.227

総説とは、ある研究分野について、それまでの成果や技術の発展を整理した論文である。
新しい実験結果を報告する通常の論文とは異なり、その分野の研究がどのように進展してきたのかを振り返る役割を持っている。
この総説の参考文献77番に、1986年の私たちの論文が掲載されていた。
発表から18年が経過した時点でも、光学活性高分子を利用したキラル分離の先行研究として参照されていたことになる。
もちろん、総説に引用されたことだけで研究の重要性を評価できるわけではない。しかし、40年前に実験室で取り組んでいた仕事が、その後の研究の記録に残っていることは素直に嬉しい。
さらに、2009年の Chemical Reviews に掲載された総説にも引用されている可能性が見つかった。こちらはまだ書誌情報の最終確認ができていないため、引き続き調べてみたい。

ノーベル化学賞との意外な接点

もう一つ、今回調べていて興味を持ったのが、硤合憲三先生の研究である。
硤合先生は、不斉自己触媒反応など、分子のキラリティーに関する研究で知られている。
実は、硤合先生も1986年に同じ Chemistry Letters に不斉合成に関する論文を発表されている。
私たちの研究は鏡像異性体を「分離する」ための技術であり、硤合先生の研究は鏡像異性体を選択的に「合成する」ための技術なので、研究の方向性は異なる。
それでも、同じ時代に、同じ学術誌で、キラリティーという共通の問題に取り組んでいたことには感慨深いものがある。
ひょっとすると硤合先生の研究でも引用されているのではないかと思い調べてみたが、残念ながら今のところ直接の引用は確認できていない。
もっとも、40年も前の論文がどこで読まれていたのかを調べること自体、なかなか楽しい作業である。

40年後に振り返って

大学時代の研究生活は、今の仕事とはまったく異なる世界だった。
化学の研究からIT業界へ進み、さらに現在は行政書士として仕事をしている。自分でも随分と遠回りをしてきたように思う。
しかし、今回昔の論文を調べてみて、研究成果というものは、本人がその分野を離れた後も、どこかで誰かに参照され続けることがあるのだと改めて感じた。
もちろん、私たちの研究がその後の技術発展にどれほど貢献したのかは、まだ分からない。
ただ、少なくとも1990年代の後続研究や、2004年の総説に引用されていたことは確認できた。
当時は、40年後に自分の論文をインターネットで検索し、AIと一緒にその足跡をたどることになるとは夢にも思わなかった。
せっかくなので、今回分かったことを記録として残しておくことにした。
今後さらに引用文献や特許の情報が見つかったら、改めて追記したいと思う。
40年前の研究室での仕事が、思いがけず現在の自分につながってきた。
なかなか面白いものである。

参考文献・関連資料
  1. Saigo, K. et al., Chemistry Letters (1986), 515–518. https://doi.org/10.1246/cl.1986.515
  2. 公開特許公報「光学活性ポリアミド」特開昭61-213220
  3. Polymer Journal (1991), “Chromatographic Optical Resolution of Enantiomers on Polyamides Containing 1,2-Disubstituted Cyclohexane Moiety as a Chiral Residue”
  4. Yamamoto, C. and Okamoto, Y., “Optically Active Polymers for Chiral Separation,” Bulletin of the Chemical Society of Japan, 77, 227–257 (2004). https://doi.org/10.1246/bcsj.77.227
※本記事は2026年10月時点で確認できた資料をもとに作成した。引用文献の網羅的な調査は完了していない。
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