Photo by Andrew Haimerl on Unsplash 今から50年近くも前、私がまだ幼少だった頃、私の家庭では焼ビーフンなどの台湾料理が日常的に食されていた。今でこそエスニックな料理の一つとしてポピュラーになってはいるものだ。しかし当時、どうやら友達の家とは様子が違うと気が付いた。一般的な食材ではなかったのである。そして大人たちの会話から、ある時期に一族が台湾で暮らしていたらしいことを知る。今でも手元に残っている象牙の箸(今や禁制品だが)や組細工の箸箱なども現地で使っていたものらしい。しかし詳細な話を聞くこともなく、大人になってふと気が付いた時には既に手遅れで、生の情報を知る年長者たちは皆、鬼籍に入ってしまっていた。地元には何一つ文書が残っておらず、全てが忘却の彼方へ消えてしまったと思われた。 ところが最近になって、台湾政府の國史館臺灣文獻館が、日本統治時代からの膨大な公文書を整理しデータベース化していることを知った。しかもキーワード検索できるように、ネット上で一般公開されているのである。国税庁長官が公文書の廃棄を公然と口にする、この国とのあまりの違いに愕然とするばかりだが、ともあれこの中に祖先の台湾での暮らしの証跡が残っているかもしれない。さっそく曾祖父の一人の名前を入力して検索してみたところ、なんと十数にも上る公文書がヒットしたのである。 これらの文書を繋ぎ合わせてみると、彼は教員として台湾に渡り、学校長に昇進した後に何回か転勤を重ね、休職後に現地で病死したという経歴が浮かび上がってきた。文書に記載された年号と内容を、当時の世界情勢や台湾統治での出来事と共に並べた結果がこちらの一覧である。(冒頭に「・」を振ったものが彼の経歴だ。) 1895年(明治28年)日清戦争による清朝敗戦で台湾が日本に割譲 1898年(明治31年)公学校令発布 1902年(明治35年)抗日運動を制圧
1914年(大正3年) 第一次世界大戦開戦 1919年(大正8年) 台湾総督府、台湾での同化政策の推進が基本方針と確認
当時の台湾総督府による教育政策は、「日本統治下台湾の教育認識」(呉宏明氏著 春風社)に詳しい。以下の記述はこちらを参考にさせていただいた。 1895年に日本による植民地支配が始まった時、台湾での初等教育は民間の「書房」が中心になって行われていた。「書房」の存在は、読み書きの基本を教えていた点で、日本の「寺子屋」との類似性で語られることが多いようだが、決定的な違いは科挙考試の対策を行っていたところである。しかし台湾を植民地支配下においた日本政府は、科挙考試はまったく無意味と考え、「書房」の存在意義も切り捨てた。そして日本内地の小学校に相当する学校制度として「公学校」を定め、「書房」を切り崩したのだ。 とは言え、一気に「書房」を潰すのではなく、当初は「公学校」と「書房」を併存させ、むしろ「公学校」でカバーできない漢文教育などのために「書房」を利用し、「公学校」の補助機関として黙認していた。しかし「公学校」の目的は徹底的な同一化政策、皇民化政策であり、台湾に住む人々の民族的アイデンティティを簒奪するものであった。母語であるにもかかわらず、漢文教育は「公学校」においてはあくまでも「準科目」に過ぎず、ついに1931年には保護者たちの漢文科に対する強い要望に反して、完全に漢文科が廃止されてしまうのである。 彼が、台湾の児童や保護者、あるいは周囲の住民に対してどのような態度で接していたのか、今となっては知るすべもない。記録によれば、教員としての台湾赴任に対する人気は非常に高かったという。どんな事情があれ、自ら志願し「公学校」の教職に就いたことは、植民地支配への積極的な加担であったと言わざるを得ない。しかも同一化政策を進める「公学校」の校長を幾つも歴任しているのである。台湾植民地支配の先兵であった責任から逃れることはできまい。
来年2019年は、彼の死からちょうど100年になる。戦後生まれの私自身には、植民地支配や戦争加害の直接的な責任があるわけではない。しかし祖先が周辺諸国の人々の民族的アイデンティティ簒奪に加担した事実を思い返し、二度と同じ過ちを繰り返さない努力を続けなければならない。歴史の事実から顔をそむけることは許されない。
3 Comments
呉宏明
16/1/2018 11:26:22
私の本を参考にしていただき、嬉しいです。曾祖父さまのお名前は久保田金蔵(祐正)さんでしょうか。『台湾人名辞典』(復刻版、昭和12年)日本図書センター、1989年、87頁に写真入りで載っています。「大正6年、9月宜蘭公学校長ニ栄転名校長トシテ父兄ノ信頼ヲ一身ニ集ム」と書かれています。参考までに。
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久保田直己
16/1/2018 21:30:42
コメント、たいへん有難うございます。メール差し上げますので、よろしくお願いいたします。
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